2020年02月25日

タケちゃんのセリカ

 表題のタケちゃんは仮名であるが、私の妹の亭主である。

 現在はちょっとした病気で臥せっているが、現役バリバリの頃は、私のような職人ではなく京都の伝統産業である、きもの、を扱う室町の会社で、京都でも一二を争うような成績を上げる営業マンであった。

 そのタケちゃんが社内恋愛で妹と結婚した頃、乗っていたのが初代セリカである。

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1970東京モーターショー

 セリカは昭和45年、大阪万博の年に発売されたノッチバック・クーペで同時に登場したカリーナと車台を共通している。

 特徴は他のスポーツタイプのように高性能エンジンを積んで足を固めるだけではなく、スペシャリティ・カーとしてどんな顧客にも最適な仕様のクルマが仕立てられように「フルチョイス・システム」を採用したところにある。

 昭和45年といえば日本は高度成長期の真っただ中にあり、急速にクルマが普及した時代で、人々の生活レベルが向上してクルマが生活需品になりつつあった、また若い人たちにも個人で車を所有できるような社会の雰囲気が醸成されようとしていた。

 そんな中にあって、実用的なクルマの使い方よりドライブの楽しさや自分好みの車を所有する満足感を求める人々が増え、これに刺激を受けた日本車各メーカーは、スカイラインスポーツやシルビアなどのクーペを開発していた。

 またアメリカでは1950年代のサンダーバード、60年代にはムスタングがヒットを飛ばしていて、ここからスペシャリティ・カーというジャンルが生まれたのである。

 その波に乗るようにトヨタは昭和44年第16回東京モーターショーにEX-1というコンセプトモデルを出品した。

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EX-1

 そしてこれを現実のものとした国産初のスペシャリティ・カーがトヨタ・セリカであった。

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初代セリカ

 セリカのデザインはほかのどのクルマにも似ていない、それこそスペシャルな2ドアの2+2クーペであってEX-1そのままの個性的な美しさは、素早く当時の若者に受けいれられ大ヒットとなった。

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 個性的なデザインとは逆にシャシは前述のようにカリーナ4ドアセダンと同じ前ストラット後4リンクリジット、前ディスク後ドラムブレーキと極めて普通であったが、代わりに販売にはデイリーオーダーシステムによって、1400cc-1600ccの4種のエンジンや4速・5速MTと3速AT 、その他車体色や内装、それにオプションなどフルチョイスシステムによって100万とおりともいわれる自分だけのクルマが作れるようになっていて、価格も57万円台から100万円前後までと幅広い選択ができたということだ。

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シンプルなET

 ま、現実にはこのシステムをフルに活用した人は少なかったようで1-2年の間になくなってしまったようだ。

 タケちゃんのセリカも普通にSTというコータイズブルーの2TB1600ccOHVツインキャブレターエンジンの5速MTの仕様であった。

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1600GT

 そのかわり、このような普通の乗用車のようなクーペに満足できない人のために1600GTやGT-Vまたリフトバックが用意されるようになった。

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1970東京モーターショーSV1
後のセリカ・リフトバック

 普通の乗用車とはいうが、900kgに満たない車体を1600cc2キャブのエンジンと5速MTで走らせると、それなりにスポーティなクルマだったとの記憶がある、軽いクラッチとシフトやアクセルの操作感は、この頃のトヨタ車に共通の扱いやすいさがあったと思う。
 また親戚兄弟が集まってみんなで出かけたドライブやレジャーでもタケちゃんのセリカは今でも好印象が残っている

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LTというグレード










posted by 健太朗 at 17:24| 京都 ☁| Comment(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする