2009年09月30日

カタログコレクションから ・ コニー

 今回はコニーの総合カタログ。

 昭和38年発行のもの。

 

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 コニーの愛知機械工業は、、22年頃からジャイアントという三輪トラックの生産を行っているが、昭和24年、愛知時計製造株式会社から分離設立された

  

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 ライトバンのホワイトタイヤとレースのカーテンは当時の流行。
 すごーくデラックスだ。

 

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 グッピー以外は何とも安易な名前の付け方だ、でもスペシャルは本当はコニーコーチVスペシャルだ。

 グッピーもコニースペシャルもリヤエンジンだ、昭和36年第8回全日本自動車ショー(東京モーターショー)にこのコニースペシャルの原型となる、ノッ チバックのコニーコーチという乗用車が出品されたが、トラックメーカーの愛知機械にとって乗用車を売り出すのは冒険で、その前にこのコニーコーチVを発 売した、しかし前年に発売したグッピーとともに売れ行きはよろしくなく、ついに乗用車版の発売には至らなかった。
 スペシャルはコニーコーチVの超デラックス版で、40年9月には生産中止する。

 その後コニーワイドなど、45年までコニーブランドの車を作り続けたが、ついに断念、以後は日産自動車の一生産部門となったが、現在はトランスミッションの専門メーカーである。

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京都の代理店(デーラー)は、東山通二条の川端警察のあたりと、河原町通りの寺町と万寿寺の交差点あたりにあった。

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2009年09月28日

カタログコレクションから ・ コニー360

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お兄ちゃんの軽トラ  ニューコニー360 で紹介したニューコニー360のカタログ。


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biog記事の写真はこの中からこびーした。



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裏表紙の中に仕様書を拡大


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このコニー360は昭和37年5月発売。

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2009年08月01日

カタログコレクションから ・ プリンス 世界をゆく

カタログコレクションといってもたいしたことはない、なにしろ引っ越しのたびに犠牲になるのが趣味の雑誌やカタログなどで、実家では6畳間いっぱいにはびこっていた私の「分身」は今や小さなクローゼットのほんの片隅で、小さくなっている。そんなわずかなものの中にも珍しいものもあるもので、ここに紹介するのは昭和38年のプリンスのチラシである。

 

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昭和38年、1963年のプリンスはグロリヤスーパー6を発表した年、スカイラインもマイナーチェンジしている。

そして名神高速道路が開通した年でもある。 

 

この頃の日本の自動車はまだまだ世界で通用するものではなく、乗用車輸出が順調に伸びてきたとはいえ、やっと4~50万台のほとんどは東南アジアに向けたものだった。

この年からほんの数年前、アメリカに初めて輸出したある乗用車がハイウェイを走行したところ、振動でフロント・ガラスがはずれてあわや吹き飛ぶという惨事になりかけたという話もあるくらいだったのだから、日本の自動車技術が急激に良くなる途上だったのだろう。 

 

その中でもプリンスは、ドデオンアクスルや6気筒OHVエンジンなど、確かな技術力を誇っていたメーカーであった。

このチラシの右下には国産車で初めてアメリカのパワーロック社のノンスリップデフが使われたことをうたっているが、これはクリッパーやマイラーといったトラックに採用されたもので、4WDが始めは悪路用だったようにノンスリップデフもまた悪路用だったのだ。

左上には「プリンス 世界をゆく」と題して、赤道直下や砂漠地帯、そして悪路や寒冷地にも強いと書いてある。

しかしこの頃私たちのぼろ乗用車は、夏はサーモスタットを外してオーバーヒートを防ぎ、冬はラジエターにカバーをしてオーバークールを防いでいたのだからあまり説得力のない文章に感じる。

 

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裏面にはいろいろな国の写真にエピソードが添えてある、クリックで少し大きくなるようにしてあるのでぜひ読んでみていただきたい。ちなみに乗用車は初代スカイライン、トラックはマイラーだ。 

 

こんなことを書いて良いのかどうか、私はどうもこのマイラーを見ると屎尿収拾のタンク車を思い出す、荷台に木製のタンクが載っていて、天秤棒に樽を担ったおじさんがタンクの後にくっ付けた坂を登っていく、そんな姿が思い出されてならない。

しかしこれものちにバキュームタンクに積み替えられてずいぶんきれいになった記憶がある、そのクルマがタイではバスとして使われているというのは少し違和感を覚える。 

 

ちなみにマラヤ連邦は現在のマレーシアだ。

ちょうどこの年、イギリス自治領のシンガポールと、イギリス保護領のサバ、サラワクを統合して、マレーシア連邦となった、のちにシンガポールは独立している。

 

また、オーストラリヤ領ニューギニアは現在パプアニューギニアという。

 

そして中国語では自動車のことを汽車というそうだ。

 

クリッパーは当時1トンから2トン車であったがいすずエルフやトヨエースよりおしゃれだった。現在は日産の軽トラックにその名が復活しているが、それ自体は三菱製である。

posted by 健太朗 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | カタログコレクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする