2015年05月19日

カタログコレクションから・スズキ カプチーノ

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 満開の桜並木、避暑地の緑のトンネル、燃えるような紅葉のワインディングロード、陽射しのやわらかな冬の海岸通り。閉じていた屋根を開いて、爽やかな風とひとつになると、季節はもっと輝きます。

 

 こんな文章で始まり、この後このカタログはオープンエアモータリングの魅力を得々と説いています、そして、

 

 たぶんこの人生には、一度は乗っておきたいクルマが存在するに違いありません。

 というのです。ひとの心にズバッと入ってくる文章ではありませんか。

 まだあります。

 

 カプチーノは現代的なマーケティング理論から生まれたクルマではありません、こんなクルマに乗りたい!という若い開発者の夢が出発点。流行にとらわれないロングノーズ&ショートデッキ…云々。

 

 最近の自動車家電化時代を揶揄するようです、心にズバッと入ってくる私はもう年寄りだけど、若い開発者にもこういう夢があるというのならこんなにうれしいことはありません、なんて思います。

 

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 好景気で余裕のある頃に開発され、まさにバブル崩壊後の平成3年11月に発売され7年間、2万6千台余りで撤退した、という生まれつき不運なクルマなのかもしれませんが、昭和の時代からオープン2シーターはイメージリーダーにはなっても量販は出来ないというのが定説になっているのですから、これはこれで人々に夢をみさせてくれて、良かったのではないでしょうか。 

 カプチーノはカタログの文言通り、自分たちが欲しいクルマ、運転が楽しい後輪駆動のスポーツカーというコンセプトで創られたそうです。


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 エンジンはアルト、ギアボックスはジムニーですが、車台は専用で前後輪ダブルウイッシュボーン、全輪ディスクブレーキを備えた本格的スポーツカー仕様になっています。

 

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 カプチーノのもう一つの特徴はそのルーフにあります、ルーフ天板が左右と中央の3分割で脱着出来るのです、そうするとリアウインドウ部分が電動で下に下がって隠れます。

 これを組み合わせることでフルオープン、タルガトップ、Tバールーフそしてクローズド・ハードトップと姿を変えます、でも残念なことにこのルーフには雨漏りの悩みがあったようです、全部溶接で固めてしまったという話もあります。

 

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 当時の自動車雑誌の試乗記にこんなのがありました。

 

 「カプチーノは世界一居住空間が狭いクルマかもしれない。」

 

 カタログにはこんな文章もあります。

 

二人しか乗れないし、荷物もたくさんは積めない。

フルオープンエアの走りが本当に快適な時期も、

実は僅かかもしれない。

でも、それでもいいサと言ってくださる方に、

カプチーノは微笑みます。

安楽や快適さとは一線を画した、その潔さが、

ドライビングの歓びを純粋なものにしてくれるのです。

 

 だからスポーツカーはかっこいいのでしょうね。

 

 「芸術は無駄、だから芸術なのだ」

 

 と言った人もいます。

 

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 今年あたり、新型カプチーノのうわさもチラリと耳にします。

 景気低迷期からようやく脱出しようとしている今ならまた違った結果になるのかもしれませんね。

 カプチーノが発売された平成3年当時、ホンダビートやマツダAZ-1などの軽スポーツカーのライバルがありましたが、現在もS660やコペンと、強力なライバルが出そろっています、ニューカプチーノが出てくるとなるとクルマ好きには楽しみが一つ増えますね。 

posted by 健太朗 at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | カタログコレクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月17日

コロナライン

  私のわずかなコレクションから珍しいカタログが見つかりました。

 コロナラインはコロナの商業車シリーズです、昭和38年のカタログです。
このころ、クラウンにも商業車シリーズがありましたが、マスターラインといいました、それにはクラウンの誕生秘話があるのですが、それはまた別のページで・・・。

 1963年のコロナはRT20です、このコロナラインはPT26、PはP型エンジンを、6は商業車シリーズを現しています。

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 2代目コロナの美しいデザインそのままのライトバンです。

       

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 ムカシの商業車のデザインはフロントはもちろん、リヤのデザインも乗用車と同じです。

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 テールゲートは電動又は手動でガラスの部分を下に下ろしてから開きます。

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 真っ赤内装、今では珍しいですが乗用車のほうは、ボディ色の合わせた内装色になってました。

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 ドラム式スピードメーター、走行するとグリーンの針が伸びてきて50-60km/hで赤に変わります。 

 これはベンチレーション、カークーラーが普及してなかったこの時代、たっぷり外気を導入出来るようにおおきなベンチレーションが装備されていました。

 

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 ベンチレータの右上の平べったく見えるボタンはウインドウォッシャーのスイッチです、ダッシュボードの下に手を入れて操作します。

 ちなみに灰皿はダッシュボードの上面にありますが、小さくて役に立ちません。

 

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ベンチシートの2ドア、背もたれだけが前に倒れるようになっています、まだリクラインはしません。

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 時計はアナログ機械式、AMラジオはトランジスタラジオ、6局プッシュボタン式、その下にある押釦はピアノ式で下へ押すと戻ってOFFになります、右からヘッドライト、パーキングランプ、フォグランプ、ルームランプ、ライターを挟んでワイパーハイ・ロー、そしてヒーターハイ・ロー、となっています。

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 ワイパーは左右のブレードが重なって停止しています、このまま左右同時に作動すると途中で干渉してしまいます、ので、まず右のアームが作動してウインドーの右端まで行くと、次に左のアームが作動して左端まで行きます、そこで右のアームが下の停止位置まで戻ります。これを繰り返して左右交互に作動します、スイッチをOFFにするとまず左のアームが停止位置で停止してから右のアームが戻ってきます。
 この動作を一つのモーターでやっていて、システムは全て機械式ですから複雑です、古くなってガタがくると難しい調整を繰り返した覚えがあります。

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 トヨタで最初のOHVエンジン、2P型1200cc55馬力、トルクは8.8/kgですが2800回転という低速で発揮しますから使いやすいエンジンでした、P型は1000ccに始まって最後は1500ccまで大きくなって、最後はフォークリフトに使われていました。
 またこのころのトヨタ車は整備のやりやすさで定評がありました。

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 ユニ・フレームという立派な梯子型フレームを使っています、このようなフレームはモノコックに比べ、衝撃に強く制作が用意でボディデザインも自由ですが、車体が重く重心が高めになり、ねじれ剛性に欠点があります。
 この時代の乗用車では標準的な構造です。

 そのシャシにマウントされたフロントサスペンションはダブルウイッシュボンにトーションバースプリングが採用されています、これによってばね下荷重が軽くなって、乗り心地に貢献しています。

 

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ブレーキは前後ともドラムで、前ツーリーディング、後はディオサーボです、これはシューがドラムの回転によって食い込むようにして強い制動力が得られる形式で前進/後進共にサーボ効果があります、しかし温度や湿度によって所謂かっくんブレーキになりやすいので、現在ではこの形式は使われていないそうです。

 ムカシからコロナのかっくんブレーキは有名ですよね。

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 上の3枚はピックアップとダブルピックです。

 まったくコロナセダンと同じデザインでこの時代の象徴のようなテールフインまであって、すごくかっこいい、と思いませんか。

 

 

posted by 健太朗 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | カタログコレクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月16日

ラーレーの自転車

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このカタログは昭和49年頃、ホンダのディーラーから来たもので、ダイハツがソレックスのモペットを売り出したのと同じころに事だったと思う。



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 当時は、ラーレー、といったが今は、ラレー、というらしい、ロードスターというクラシックな自転車の典型的な形態はラーレーが元祖だ。


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           あこがれのロードスター 49800円

私が小学生のころ、初めて乗った自転車もオヤジのお古で山口というメーカーの何の変哲もない実用車だった、ただ、荷台などを外してしまって後輪ブレーキも前輪と同じようにキャリパータイプに改造したもの、でもかなり古いものだった。
 

私が三角乗りで乗り始めると父は危ないからと24吋の小型自転車を買ってくれたが結局、このロードスターは私のものになって、のちにはフェンダーも取り払って、今でいうピストになってしまった。
 

いわばこの自転車がラーレーのロードスターによく似て見えるので、ラーレーの自転車が欲しかったというよりこのカタログが気に入って今まで残しているのかもしれない。

 

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                     これが現在のロードスター、Club Sport 59800円

 

でももし今自転車に数万円を投じる気になれば間違いなくラレーのクラシックタイプロードスターがその候補の第一になるだろう。


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                     当時一番高かった車種で28万円
 

  ラーレーは過去にはオートバイや三輪車、四輪乗用車も作っていたし1930年代には世界一の自転車生産台数を誇る大メーカーだったがモータリゼーションの発達で衰退した、イギリス病も手伝ったのかもしれない。

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                         小径車やこんなタイプの自転車もラーレーが草分けだ。


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  自転車の価格は、昭和40年代と今ではあまり変わっていないと思う、でも当時は東南アジア製の格安商品などなかったので、今のほうがお安く買えるのではないだろうか。

 

 

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posted by 健太朗 at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | カタログコレクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする