2018年07月22日

コンコルソデレガンツァ京都 2018 その拾壱

 アルファ ロメオは2012年、ジュネーブ・モーターショーにコーチビルダー、トゥーリング・スーパーレッジェーラの作品として、ディスコ・ヴォランテ 2012、を出展しました。

 その名の通りこれは1952年に数台しか作られなかった、あの1900C52クーペ・ディスコ・ヴォランテをオマージュする作品です。

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 スーパーレッジェーラというのはカロッツェリア・トゥーリングが編み出した車体構造のことで、極細い鋼管で骨格を造り、薄い金属で覆って強いボディを作り上げるという方法です。

 トゥーリングは1930年代から1960年代にかけて、この工法を用いた優れた名車を沢山生み出しました、その中には1952年アルファ ロメオ6C1900を土台にしたアルファ ロメオ 1900 C52ディスコ・ヴォランテがあったわけです。

 スーパーレッジェーラ構造は、任意のデザインのボディを軽量に造れるというのが特長でありましたが、大量生産には対応できませんでした。

 1960年代には多くの自動車メーカーがモノコック構造のフレームを採用するようになると、もちろんメーカー自社工場で製造する事になりますから、カロッツェリア・トゥーリングは1966年操業停止を余儀なくされます。

 しかしトゥーリングの職人達はミラノ郊外のカロッツェリア・マラッツィに移りこの工法を守って名車を作り続けます。

 マラッツィとしてはトゥーリングとスーパーレッジェーラの商標をうけついで守り続けていたのでしたが2006年、ゼータ・ヨーロッパ・グループに継承され、トゥーリング・スーパーレッジェーラ社として復活します、新たに発表されたディスコ・ヴォランテ 2012は、この新生トゥーリング・スーパーレッジェーラ社による作品です。

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 ベースは2006年500台の限定で販売された、アルファ ロメオ8C コンペティツィオーネです、4,691ccV型8気筒マセラティ用のエンジンで、スペースフレーム・シャシーに、ミラノの職人達が手作業手叩きのアルミニウム製ボディを架装していますが、フロント・スポイラーやディフューザーには、部分的にカーボンファイバーも使用されているそうです。

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 ここでタイム! アルファロメオでは4Cまたは6Cや8Cといった名称が使われますが、このCはシリンダーのことで、つまり4気筒や8気筒というような意味です。

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 さて8Cディスコヴォランテはたった8台しか生産されなかったスペシャルカーで、そのうち3台が今回のコンコルソデレガンツァ京都 2018に展示されました、写真の手前、赤いクルマは8台に内最後に造られた1台で、ラスト・オブ・ライン C52 ヴィンテージエディション、の称号が与えられています。

 これらの名車を見ていて気がつくのはフロントフェンダーに描かれている四つ葉のクローバーマークです、これはクアッドリフォリオといってアルファロメオの高性能車にはこのマークをエンブレムとして付けていますが、C52と8Cの3台には直接描かれていました。

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 1923年タルガフローリオに出場したウーゴ・シボッチというドライバーが幸運を呼ぶシンボルとして付けていたもので、、あまりの強さに「四葉のクローバーの恐怖」と呼ばれたことが由来だそうです。

 ちなみにアルファロメオの新車、クアドリフォリオというクルマも展示してありました。


 そしてC52ディスコヴォランテをお手本にしてミッレミリアに参戦する為に開発したレース専用モデルがあります。

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 それがパナール・ジルコ・ディスコ・ヴォランテ・バイ・コッリ"ミッレミリア"です。

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 このクルマのプレートには「ミッレミリアなどのレースの勝つために車を開発していたパナールが、1952年に発表されたアルファロメオ ディスコ ヴォランテのデザインに惚れ込んで、カロッツェリア コッリ依頼しこのボディが完成された。」とあります。

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 あるサイトには、「アルファ ロメオの販売店、クレパルディ社がパナールのコンポーネンツを使用してカロッツェリア・コッリが製作させたワンオフレーサーである。」という記事がありました。

 この記事によると、ベースはパナールディナxと言うクルマ、戦後パナールの第一号モデルでアルミを多用したセミモノコックのユニークなデザインのボディに空冷水平対向2気筒エンジンを搭載したクルマです、ですからC52ディスコボランテの6気筒1900ccと2気筒760cc50馬力とは較べられませんし、デザインもちょっとフランス的なダサさがありますが、こちらは1952年から3年間、実際にミッレミリアに出場してクラス優勝を飾っています。

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 私たち現代のクルマを見慣れたものには、C52やパナールはともすれば異様なデザインに見えることもありますが、それをオマージュした現代のディスコボランテは、遊び心がある見とれるほど美しいクルマでした、これら新旧の名車はもしかしたらもう二度とこの目で見ることは出来ないかもしれないクルマたちです、それを柵さえない間近でみられ、さわることも出来たのですから本当に幸せでした。


posted by 健太朗 at 15:36| 京都 ☔| Comment(0) | 外車の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月12日

コンコルソ・デレガンツァ京都 2018 その拾

 今回の審査委員長はランボルギーニ博物館学芸員アントニオ・ギーニ氏、彼が主催者である木村英智氏について、日本のとても素晴らしいアーティストだ、彼はビジネスマンであり 情熱を持っている人でもあり、まさにイタリアのルネッサンス時の芸術家を支えた貴族のような人だ、と仰ったそうです。

 そして、そういった彼が行うイベントに我々は何を持っていくことが出来るのかを考えた結果、奥様のアイディアで我々が誇るイタリアの建築家、ジオ・ポンティがデザインしたプレートをプレゼントすることにした。過去の歴史を現代に受け継がれた素晴らしい作品で、日本が誇る京都の素晴らしい伝統を表すコンクールに敬意を表したものでもある、といってサプライズでプレゼントされたそうです。

 木村英智氏はそれに対し、好きなものに囲まれて幸せではあるが、いろいろな人を巻き込んだり、お金がかかったりすることで辛いことがあったが、このサプライズとコメントで報われた気がした、と感動し目には涙さえ見せられた。

 そして素晴らしいのは、FCAヘリテージから1900C52クーペと、そのC52をオマージュしたディスコヴォランテ2012、それに最新型のジュリア・クアドリフォリオの新旧の名車を展示されたことです。
 ジュリア・クアドリフォリオの名称はC52のフェンダーにも付いている四つ葉のクローバーのエンブレムから来ています。
 1920年代、レーシングドライバーのウーゴ・シボッチが幸運の印として車両に描いて優勝したのが始まりで以降、アルファロメオの高性能車にはクアドリフォリオマークが付いています。

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 FCA(フィアット・クライスラー・オールズモビルズ)はフィアット・アバルト・ランチャ・アルファロメオ・クライスラー・ジープの他、マセラティ・フェラーリ・イヴェコなどのブランドを持つイタリア最大の企業です、そのヘリテージ部門もそれぞれのブランドの傑作車と博物館を持つ部署で、ディスコ・ヴォランテ(空飛ぶ円盤)と呼ばれる1900C52クーぺはミラノのアルファロメオ歴史博物館に保管されている、現存するただ1台の貴重なクルマです。

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 このクルマは先述の1900CSSと同じシャシにトゥーリング社のジョアッキーノ・コロンボが手がけたボディを架装したクルマで、ディスコ・ヴォランテの由来となったデザインは空力研究の成果と航空機からのアイデアを取り入れたデザインでホイールの上に突き出た翼のようなデザインが空飛ぶ円盤の名の通り宇宙船を思い浮かべさせます、排気量1997ccのDOHC6気筒エンジンは軽合金のクランクケース、シリンダーヘッド、ダブルカムシャフト、シングルインジェクターが採用され158馬力僅か735kgの車体を220km/hで走らせました。

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 そして1900C52はクーペが1台、スパイダーが1台、ボディをを全体にスリムにしたスパイダーが1台、さらにスパイダーに6C3000の機構を搭載したモデルが2台の、合計5台のみが製造されました。

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 最初に造られたのは文字通りUFOを思わせるスパイダーでしたが、これはテスト走行中、高速では車体がリフトしてしまうという欠陥がありました、空力上の問題です。

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 そこでトゥーリングはこの問題を解決するため急遽クーペボディを製作しました、それが今回コンソルソ・デレガンツァ京都で展示された1900C52クーぺです、イギリスのジャガーEタイプクーペにも似ていますが、やはりスパイダーがオリジナルデザインですのでよく見るとどこか違和感を感じますがそれはそれでスポーツカーらしい美しさがあります、一時期のスーパーカーと呼ばれた宇宙的なデザインのスポーツカーと相通ずるところがあるように感じます。

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 しかし残念ながらレース用に設計されたC52でしたが、結局レースに出場することはなかったと言うことです。

posted by 健太朗 at 19:53| 京都 ☁| Comment(0) | 外車の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月09日

コンコルソデレガンツァ京都2018 その九

 フィアットは1899年(明治32)、ジョヴァンニ・アニェッリによって創業され、現在ではイタリア最大の自動車会社です。

社名のFIATはイタリア語の製造所・イタリア・自動車・トリノの頭文字をとったもので、トリノのイタリア自動車製造所、といった意味です。

本社工場はトリノのリンゴットというところにあって本社工場のことをリンゴットと呼ぶこともあるそうです。

 最初の作品はFiat4hp、水冷2気筒679cc4.2馬力800rpm3速ギヤで最高速度35km/h燃料消費量8L/100kmというものでした。

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 フィアットといえば私も大好きな500(チンクェチェント・トポリーノ)があまりにも有名ですが、初代500が世に出る2年前の1935年にフィアット1500が生産されました。

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 フィアット1500はそれから1950年まで生産されたBピラーのない観音開き4ドアベルリネッタ(セダン)とコンバーチブルがあって、OHV直列6気筒1493cc45馬力4速MTで3-4速がシンクロメッシュになっています。

 イタリア製自動車では初めての風洞テストによって制作され最高速度114km/hを誇ったボディの、初代500トポリーノにも似たデザインのクルマです。

 Xフレームのシャシは前ダブルウイッシュボーン・コイルばね、後リジット、また4輪油圧ブレーキを採用していました、このシャシを用いたカロッツェリアの作品も多く、トゥーリングやギアのボディもあったそうです。

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 Premio Sakura(春の二条城に最も似合うクルマ)を受賞した1939年フィアット1500トゥーリングは1500Cのシャシを使ってカロッツェリアトゥーリングのカルロフェリスビアンキというデザイナーの手になる美しい2ドアベルリネッタです。

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 カロッツェリアトゥーリングのスペールレッジェーラ手法を用いて、アルファロメオ1900 6C2500にも似たデザインになっています。

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 春の二条城に似合うということですが、私は二条城の建物や門に、この小さな黒く丸っこいクルマがよく似合っていると思いました、最後の将軍の徳川慶喜が大政奉還のためにこんなクルマに乗って大手門をくぐって唐門から二の丸御殿中庭に入ってくる姿を妄想してニヤッと笑っている私を見た人がいるかもしれませんね。

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posted by 健太朗 at 12:00| 京都 ☁| Comment(0) | 外車の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする