2016年04月08日

イタリアンなブルーバード

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   BC戦争のBでも触れた、二代目ブルーバードのお話です。


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   ようやくマイカーというフレーズが聞かれるようになった昭和38年、ブルーバードはイタリヤのカロッツェリア、ピニンファリーナ・デザインのスタイリングで二代目410型にモデルチェンジします、ところが、ヨーロッパ調の雰囲気は好評だったのですが、お尻を下げたようなキャラクター・ラインが当時の日産ユーザーには不評で、BC戦争ではコロナに惨敗という結果になりました、しかし生産台数を比べてみればブルーバード52万台、コロナ57万台と今にして思えば大した差ではなかったのです。


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 ちなみにこの後のブルーバード510型とコロナRT80との差はコロナ38万台、に対してブルーバードはなんと155万台という文字通り、ケタはずれの大差をつけたのですからBC戦争はCの勝利という定説はちょっと疑問ですよね。

 それはともかく、二代目ブルーバードの特徴は全長4mの小型セダンであり、先代310から受け継がれた信頼性のあるエンジンやサスペンションにあります。


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 この頃までの国産車はおしなべてそうでしたが、丈夫で長持ち、信頼性いのち、からマイカーを意識した仕様が多くなって、他にはない女性向けのファンシー・デラックスというグレードは専用のクリーム色は車体色だけでなく室内はシートダッシュボードからハンドルに至るまで統一されていてヨーロッパデザインによく似合っていました、その室内にはハイヒール立て、カーテン、傘立て、方向指示器を出すとオルゴールが鳴り、何やかやで36点もの専用装備がありました、今では当たり前のサンバイザーについているバニティーミラーはこのクルマが最初です。


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 またスポーツセダンSSやSSSが生まれたのもこクルマが最初で、昭和38年5月、前年に完成した鈴鹿サーキットで開かれた第1回日本グランプリなど、モータースポーツが盛んになってきたことがきっかけでこれ以降、国産車にもスポーツカーやスポーツタイプと呼ばれる車が増えてきました、ブルーバードは第2回グランプリのツーリングカーレースでSSが優勝を飾っています。


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 ライバルのコロナと同様に非常にバリエーションが多く、スポーツタイプやファンシーデラックスの他にもスタンダード、デラックス、タクシー用LPG 仕様など、ボディ形状も4ドア、2ドアセダン、エステートワゴン、ピックアップ、ダブルピックアップ、それに同じデザインのダットサントラックと多種多様です。


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 エンジンはJ型1300cc、R型1600cc、それにSUツインキャブスポーツエンジン、変速器も3速コラムシフト、4速フルシンクロ・フロアシフト、それにオートクラッチにボルグワーナー製フルオートマチックとあらゆるニーズに応えるようになっています。


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 シートはまだベンチシートが主流ですが、デラックスやスポーツタイプにリクライニング付きセパレートシートが用意されていました。


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 このクルマの写真を見て、もう今では見られないもののひとつにホワイトリボンタイヤがあります、昭和30年頃にはホワイトウォールと言ってかなり太いリボンでしたが、もうこのブルーバードでは細くなっています。


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 昭和40年代には乗用車のほとんどに採用されていましたが、昭和48年の石油ショック以来なくなってしまいました、最近また復活の兆しがあるようですが、美しいものは是非復活してほしいですね。

 私の自動車屋でもちょうど高度成長期の始まりの頃ですからRT40コロナと並んでよく売れたクルマのひとつです、夜遅くまで残業した思い出と310~510やRT20・40の思い出が重なります。

 乗り味はRT20のしなやかなイメージに対して410はがっちりとしていて堅いイメージです、3速コラムのシフト感はしっかりその場所にはまり込む感じで安心感があります、クラッチやハンドルは軽くよく伸びるエンジンと相まって乗りやすさが光るクルマでした、しかしコーナリングや高速でどう、と言うクルマではなかったように思います。


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 私たちにとってはプラスアースで戸惑ったことも大きな思い出です。

posted by 健太朗 at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ニッサンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月17日

カタログコレクションから・サニークーペ

 今回は1968年のカタログから、初代サニーのバリエーションの一つであるサニークーペです。

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 「日本でいちばんオシャレな車です。」と書かれています、確かに当時このファーストバックのデザインはオシャレでした。
 このようなファーストバックスタイルは二代目サニー以降も続きますが、初代に勝るデザインはなかったと、私は思います。

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 「クーペ(Coupe)とは・・・・・洒落たセンスの高級パーソナルカーのこと。

  本来「箱形二人乗り馬車」のこと。現在では欲張って4人~6人乗りまで「クーペ」と呼ぶようになりました。」
 って自動車メーカーのご都合ですが私は美しいクーペがいいと思っています。

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 「ドラマチックな性能をつつむドラマチックなスタイル!!」 

   「我国のカーデザインに一大センセーションを投げかけた魅惑のF.B.ルックです。」

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 昭和40年代前半にはコルトやカローラスプリンターなど、ファーストバックが流行りましたが確かに日産サニークーペのファーストバックスタイルは後のチェリークーペとならんで、センセーショナルなものでした。

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 当時はまだハッチバックではありませんがフロアはライトバンと同じですからカーゴスペースはかなり広いものでした。
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 今では当たり前ですがドアウインドにカーブドガラスを使っています、ようやく空気抵抗などに気を使い始めたころのことです。

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 私が好きなアイデアのひとつです、燃料注入口が後ろのナンバープレートの裏に隠れています、これは以前、私の愛車だった2代目コロナRT20もこのようになっていました。

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 「快いドライビング、贅沢な運転装置。」 このインパネ(ダッシュボード)も斬新なものでした、鉄板の剥き出しがまったくありません。
 そしてタコメーターが標準装備の3連メーターがスポーティーに見えます。
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 スポーティーと言えば4速フロアシフトもそうです。コラムシフトが全盛の時代は、長いシフトレバーが新しく見えました。
 「ローで40km/h、セカンドで70km/h、サードで100km/h、あとは4速で、一気に140km/hへ!1100cc車など、足もとにも寄せつけない、素晴らしい加速感覚が楽しめます。」
 カローラを意識したコメントですね。

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  ライトやワイパーのスイッチが、昭和40年代後半には安全のために左右レバーに統一されましたが、このクルマではタンブラースイッチになっています、面白いのはライトスイッチの右側、メーター証明が単独のスイッチになっています、上はチョークです。

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  メーターの右側にワイパースイッチがあります。もちろん間欠ワイパーはまだありません。

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 最近の乗用車のほとんどは常設の灰皿がありませんが、ムカシのクルマには灰皿(アッシュトレー)は必須のアイテムでした。
 そして熱線式のライター、今はスマホ充電用のコンセントになっています。
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196813 トリップメーターが組み込まれたのもこの頃からです、ノブは回転式です。


 なぜかクーペと言うとスポーツタイプのイメージがあるようで、サニークーペにもこんなスポーツカー風の仕様がありました。

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 エンジンはオースチンの技術を受け継いだA10型、このエンジンは後にサーキットの華となって活躍しました。
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 デュアルエキゾースト採用、エキゾーストマニホールドを1・4と2・3に分けて気筒間の排気干渉を少なくしました、現在は「タコ足」と呼ばれる、各排気ポートから集合部までを長さを稼ぎ等長化ものが主流です。 196824

196821 もうほとんど見かけることがない横置きリーフのダブルウイッシュボンと後はリジットリーフです、マクファーソンストラットが主流になる前は大衆車でもダブルウイッシュボンでした。 

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196823  ブレーキはまだディスクブレーキはありません、前ツーリーディング・後リーディングトレーリングのドラムブレーキです、しかもまだ自動調整装置も付いていません、この当時は頻繁にブレーキ調整をしたものです。

 私の印象ではサニークーペは軽快でお洒落なクーペですが、カローラスプリンターやファミリアクーペ等のライバル車に比べて遮音や内装のしつらえなどで、少し安物臭く感じた記憶があります、でもそのぶん身近で親しみやすく今でも好きなクルマの一つに数えることができます。

posted by 健太朗 at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ニッサンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月23日

軽快なサニー

  ダットサンサニーB10の新車発表は、昭和41年2月19日、千駄ヶ谷都立体育館においてであった、これは応募800万通という新型車名公募キャンペーンの車名発表も同時に行われた。このとき85才になったばかりの日産自動車の創業者、鮎川義介も立ち会っていたというからニッサンの力の入れようがわかるというもの。

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 話はさかのぼって昭和35年、ダットサンセダン210に変わって1000㏄で発売されたダットサンブルーバード310は、ライバルトヨタのコロナST10を押さえてベストセラーになった。
 この話は「BC戦争のB・ブルーバード」に書いているが、コロナがRT20、40と変わっていったようにブルーバードも310,410と大きくなっていって、1000㏄クラスが空席になっていた、ところがトヨタにはパブリカ800があり、確固たる地位を固めていた。

 そこでニッサンがパブリカに対抗するために出した駒がダットサンサニーというわけだ。
 前席をセパレートシートとした軽快なサニーがこれまたベストセラーになったのは言うまでもない。

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 余談だが当時の川又克二日産自動車社長は、このクラスの必要性を否定していたという、安いクルマが欲しいひとはブルーバードの中古車を買えばいい、というくらいの考えだったそうだ。もちろんのちにはあの時サニーを出しておいて良かったとおっしゃったとか。
 余談ついでに川俣克二社長と言えば、ヘリコプターから高速道路や一級国道を見て、まだ道路に余裕があるからもっと車を売れ、とおっしゃったと当時の新聞か何かで読んだ記憶がある。

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 全長3800,全幅1445というから現在のニッサンモコより504㎜長く、30㎜狭い、そして全高は300㎜も低く重量に至っては150㎏も軽い、エンジンは1000㏄56馬力6000回転、トルク7.7kgm3600回転、馬力はモコとほぼ同じ、トルクは1.3kgmも多くモコの4000回転より低い回転で発揮する。
 モコに3速MTはないから比較出来ないのが残念だが、現在の人気軽乗用車より軽快で乗りやすく、そして力強い乗り味だと言うことがこれらの数字からでもわかると思う。
 事実、私の記憶をたどる限り、ブルーバードと同じくかちかちと決まる3速コラムシフトを操作して軽快に走るサニーの乗り味は当時の同クラスのクルマと比べても軽快できびきびしていた。

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 フロントサスペンションの横置きリーフは、ちょっと堅めでスタビライザーがない分、左右の独立感があって、それが更に軽快な印象を強くしていた。
 この時代の国産車は総じてふわふわとした乗り味であって、きびきびした乗り味の、例えばコンテッサのようなクルマは異端児とされた、空冷700㏄のパブリカでさえこつこつきびきびといった乗り味ではなかった。
 そんな中でニッサンがこのような軽快な乗り味の車を作ったことによって、かどうかわからないが、(ホンダの影響もあるかな)この頃から国産車の乗り味が変わってきたような気がする。 

posted by 健太朗 at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ニッサンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする