2009年08月09日

長崎の鐘

        ノーモア被爆者

         こよなく晴れた 青空を
   悲しと思う せつなさよ
   うねりの波の 人の世に
   はかなく生きる 野の花よ
   なぐさめ はげまし 長崎の
   あゝ 長崎の鐘が鳴る

  新しき朝の光のさしそむる  荒れ野に響け長崎の鐘
 

   安らかに眠って下さい,過ちは二度と繰り返しませんから


     Yes, We  can !

    私たちには出来る。
  絶対に出来る。
  必ず出来る


    核廃絶

  私たち人類には 絶対に出来る。

posted by 健太朗 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月30日

違法駐車?

 久しぶりに河原町通りを歩いた。

 

 三条と四条の間、左側(歩道寄り)車線に赤いコーンがたくさんたっている、だから右側(中央寄り)車線は渋滞してのろのろ

 

 どうやら違法駐車を閉め出すためにコーンをおいている様子。

 

 これって、ぎっしり駐車しているのと同じことではないのかなぁ。

posted by 健太朗 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月06日

原爆の歌

      古里のまち  焼かれ
       身寄りの骨  埋めし焼け土に
       今は白い花咲く
       ああ  許すまじ原爆を
       三たび  許すまじ原爆を
       我らのまちに

 

 小学校の教科書にこの原爆の歌が載っていた記憶はない、当時の先生が原爆の悲惨さととものこの歌を教えてくださったものと思う。

 

 しかし半世紀もたった今でもこの一番の歌詞だけはそらんじて歌うことができる、そして原子爆弾の恐ろしさ、悲惨さ、の強烈な印象が、戦争の理不尽さが脳裏に浮かぶ。


  8月6日朝、必ず映し出される広島の追悼式の模様を見るにつけ、泪が出る。
 初めて広島の原爆ドームの前に立ったとき、足はすくみ、胸は詰まり、呼吸すら止まったような気持ちでしばらく動けずにただドームを見上げていた。

 

 これほどまでに思うのは、幼い頃聞いた悲惨な印象を覚えているせいかもしれない、過去の世においてこのような無差別大量殺人兵器によって殺された経験があるのかもしれないが、そんな魂レベルのことは知るすべもない。

 

 私たちはこの歌にある「三たび  許すまじ原爆を」、広島平和公園の石碑にある「過ちは繰り返しませんから」、のように再びこのようなことがないようにしなければならない。
 しかし私にできることはほとんどない、ならば繰り返さないように祈るしかない、世界の平和を祈るしかない。

 

 しかない、ではなく、祈らなければならないのだと私は思う。 

posted by 健太朗 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする