2015年01月02日

あれから1年たちました

  大晦日の夜、紅白歌合戦が終わるころ、近くの氏神神社にお参りしました。

 

  午前零時から始まる「歳旦祭」今年もよろしくと祈願し、鏡樽から御神酒をいただき、境内で搗かれたつきたての紅白のお餅をいただき、そして奉納太鼓の腹に響く音がやんだら近くのお寺から聞こえる除夜の鐘の音に惹かれるようにその鐘楼をめざします、そしてこの一年の四苦八苦を忘れよとばかりに力いっぱい梵鐘を撞くのです。

 

  毎年迎える年越しの我が年中行事ですが、今年は格別な気がします。

 

  去年の今頃、まだ病院暮らしでリハビリを頑張ってたんや。

 

  そんなことを想いながら鐘を撞くと、まるであの頃が遠い昔のような、懐かしい思い出のような気さえします、でもあのカーテンに囲まれた狭いベッドから見る天井やリハビリ室でのやるせない想いをまだ忘れ得ない自分がいるのです。

 

  そんなことを、この一年の四苦八苦として、鐘の音が忘れさせてくれたらいいな、と思った瞬間でした。

 

  しかし殊勝なことを言うようですが、病気になってからこの一年で学んだこと、それは「感謝」です、当たり前の言葉ですがこれが当たり前に思えないのです。

 

  この一年、何度も想ったのは病院から勤め先のデイサービスへ電話をした時のこと、「みんなで待ってるから」と施設長が言って下さった、そのひとことがすべての始まりだった気がします。

  その頃まだ手足が動かないどころか頭がちゃんと働かなくて、毎日使っていた携帯電話でさえ使い方がわからない、何度も失敗しながらやっとかけた電話、まわらないロレツと泪声で私が何を言ってるのかわからなかったと思うのですが、私には施設長のその一言がうれしくて、もったいなくて、それが励みになって、早く帰りたいと思う一心でリハビリを頑張る気になりました。

 

  あとはもう、一つひとつあげればきりがありません、友人知人への感謝、医師の先生、看護師、療法士、ほか病院スタッフへの感謝、それに家族への感謝、そして神仏や運命といった目に見えないものへの感謝です。

 

 この「感謝」を胸に今年一年もまた たくさん笑える一年 にしたいと思っています。

posted by 健太朗 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

メダカの兄弟

 まったく調子に乗って熱帯魚の話ばっかり書いているが、ここまで来ればもう一話うちの奥方が飼っているメダカの話をしなくてはなりません。

 2年前の春先、京都駅近くでランチをしたあと地下の雑貨屋で見つけたのが水盤のような形のしゃれた水槽、家内が気に入ってこれにメダカを数匹入れたのがはじまりだ。
メダカといってもマーサというさかな屋で熱帯魚のえさになるはずのかわいそうなメダカさんだ。
少しばかりの水草を浮かべて、涼しそうだが丸い水槽は横から見るとメダカさんが大きくなったりゆがんだり、これじゃストレスがたまるでぇ、などと言っていたら案の定、最初の夏は水温が上がってしまったこともあってみんな☆に。

 2回目の夏は小さなすだれで日よけしたらこれが功を奏してほとんどが無事に夏越した。それどころか少し卵を産んでこれが孵って、ホコリに目玉を付けたようなかわいい赤ちゃんが泳いでいた、しかしメダカさんの親も子供や卵を食べてしまう習性があって、うちの奥さん、これは大変だと稚魚をスプーンですくって他の容器に移した。
これで安心していたが、夏、気温が上がると水温も同時に上がってしまってこの夏も悲しい結果になった。

 そして今年の夏の話だ。
 親たちの方はちゃんと去年の夏を越したのでいま、5匹のメダカさんが例の丸い水槽で泳いでいるのだが、これが調子よくぽこぽこと卵を産み付けるものだからうちのメダカ飼育係は見つけたらスプーンですくって別の容器の水草にくっつけていたら、またまた調子よく先のものから順に孵化していく、稚魚を見つけたらスポイトで吸い上げて今年は大きな水槽で育てることにした、100均で見つけた台所用の洗い桶である。

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 涼しい場所においていたら先日来の猛暑にもなんのその、二つの洗い桶に私など老眼鏡をかけなければ見えない程の小さな赤ちゃんがうようよ泳いでいる。
 メダカ飼育係はスポイトで吸い上げるたびに数を数えていたらしく、その数なんと、600を越えているというから驚きだ、死亡率は1割以下だそうだ、そして未だ増え続けていると言うから、「熱帯魚のおやつに少しちょうだい」といったら怒られた。

 それにしてもこれがみんな育ったら洗い桶をあといくつ買ってきたらいいのやら、家中メダカだらけの夢を見そうな今日この頃である。

posted by 健太朗 at 20:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月16日

ミッキーマウスプラティの恋

 水槽の中が弱肉強食なんて、まったく考えたくもないですね。
 しかし、悲劇はたくさんあります、今日のお話はミッキーマウスの悲しい恋の話です。

ミッキーマウスプラティというのはプラティというお魚のしっぽの付け根にミッキーマウスの顔のような模様があるのでそう呼ばれているが、昔はムーンプラティといったそうで、その頃は三日月のような模様があったそうな、人間が手を加えたのかな。

 我が家には赤いプラティと白いプラティが2匹ずつ居った、もちろんミッキーマウスの模様はみんなくっきりと入っていた、中でも白いプラティはカラダのほとんどが真っ白でピンクの化粧をしている、だからとくに奇麗なのだ。
 実はプラティの性別は私のような新米が見てもよくわからない、しかし赤は赤どうし白は白どうし仲が良かったのでだいたいそんなものかと思っていた。

 ところが第一の悲劇が起こった。

 針病というのは素人診断だが、どうやらそんな病気にかかったらしく、しっぽが針のようにとがってだんだん元気がなくなって行くのだ。
 針病は稚魚がかかる病気らしいが、実際たくさんいるグッピーの稚魚もかかっているのがいた、塩を入れるやら温度を上げるやらカンパラという薬も使ってみたが、このとき10匹以上☆になった、そしてプラティも例外ではなく赤白1匹ずつが☆になってしまった。

 それ以上拡がらなかったのがせめてもの、である。

 さて残された赤いプラティと白いプラティ、赤い方が少しからだが大きくて太っている、白い方は神経質であまり水の流れが強いところは嫌いなようだ。
 この2匹、いつも一緒にいるから残されたもの同士肩寄せ合ってけなげに生きている、と思っていたら、どうやら赤は白に恋しているようだ、と気がついたのは針病騒動からまもなくのことだった。


 熱帯魚の場合♂より♀のほうが大きいことが多いので、普通、求愛行動というのは小さな♂が大きな♀を追いかけることで徐々に盛り上がってくる、そしていよいよとなると♂のおなかにはっきりと交接器が見えるようになる。

 だがこのプティの場合はどうも変なのだ。
 追いかけるでなく逃げるでなく、とにかく白いプラティの行くところ行くところ何気なく赤いプラティが現れるって感じ、言葉で表すのは難しいがストーカーのようだというのがいちばんしっくり来る。
 それでも2匹は徐々にその気になっていったらしい、もちろん赤いプラティは早くから交接器を振り回していたのだが、とうとう白いプラティにも交接器が見えてきたのだ。

 そう、実にとんまなことにこの2匹は両方とも♂だったのだ。

 これが第二の悲劇だ。

 それでも、ってか本人は、つまり赤いプラティにこの事実がわかっているのかどうか、それでも白をストーカーしている。
 とうとう白いプラティがストレスだろうか体調を崩し始めた、えらをすぼめて隠れるようになったのだ、小さい白は狭いところには入れるが少し大きい赤にはついて行けない隙間もある。白がそんなところに入ると赤は狂ったように探し回っている姿をよく見かけるようになった。

 そしてとうとう白いプラティは水草の隙間で☆になった。

 第三の悲劇だ。

 その後赤いプラティは交接器を出したままだ。
 そしていまはグッピーの青いお母さんを追いかけているが相手にされない、青いお父さんがこの赤いプラティを別の場所に連れて行って攻撃しているのを見た。

 「俺の女に手を出すな」ってか!。

posted by 健太朗 at 23:03| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする