2016年02月05日

セラって

  バック・トゥ・ザ・フューチャーで有名なデロリアンが2017年に復活すると言うニュースが飛び込んできました、デロリアンはガルウイングドアが特徴の未来志向のクルマですね、今日はバック・トゥ・ザ・フューチャー、ガルウイングドアそしてセラ、とかけて、と言ってもいつものムカシ話です。

 

 昭和48年のオイルショックではティッシュペーパーやトイレットペーパー、それにたばこ等などを買い占める人々のパニックが起こるなど、誠に奇妙な現象が起こりました、以降、スポーツタイプ車は元気がなく、タイヤを美しく飾っていたホワイトリボンは無くなり、車体色まで制限されるようになって販売台数は伸び悩み、さらに排気ガス規制が追い打ちをかけ、日本の自動車はちょっと暗い時代になりました。

 しかし昭和51年、軽自動車の規格が360ccから550ccに改正され、排ガス規制に対する技術が進歩したこともあって昭和50年代の終わりごろには小型車にもワンボックスやハッチバックなどの楽しいクルマで活気が出てきました。


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 でもバブル景気がおとずれたはそんなころでしょうか、シーマ現象やセルシオに代表される高級車ブームで、バブルの恩恵をあまり受けられなかった庶民にとっては、多少給料は上がったけれど自動車に対する興味がちょっぴり薄れてしまいました。


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 平成に入って「バブルがはじけた」なんて言葉が聞かれたころ、私の自動車屋でちょっと変わったクルマが売れました、それは日本の量産車で初めてのガルウイングドアを持つコンパクトなクーペ、トヨタ・セラでした。


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 セラってクルマは個性的で、コンパクトつまり大衆車なんですから、私のような自動車大好き少年?にとっても興味深いクルマだったのです。


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 クーペというのは美しいけれどもタイトで狭っ苦しいイメージがつきものですが、セラはグラッシーキャビンとかパノラミックルーフという、ウエストラインから上はガラスのドームをかぶせたような明るく開放的なクルマでした、でもこれは私の主観ですが、寸法的な無理もあってかあまり美しいクーペには見えませんでした。


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 ガルウイングドアというと石原裕次郎のメルセデスベンツ300SLも有名ですが、セラの場合は蝶の羽のように、と言うことでバタフライドアというのが正しいそうです。
 バタフライドアはフェラーリやマクラーレンなどいわゆるスーパーカーに多く採用されていますね。

 さて、セラのプロトタイプは昭和62年、第27回東京モーターショーで発表されたAXVⅡと言うコンセプトカーですが、ほとんど変わらず量産車に移行されました。


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 なんと言ってもこのクルマの特徴は飛行機の操縦席を思わせるようなガラスのルーフです、思えばそのムカシ、トヨタはS800のプロトタイプでスライド式のルーフが試作されたことがありましたが、主に安全対策を考えてタルガトップに変更されたそうですが、セラの場合もルーフに回り込んだドアガラスのためにバタフライドアになったのだそうですが、もしもの転倒時にはロールバーで乗員が無事だったとしてもドアが開きません、そこでリヤハッチを大きく開くようにしてあるそうです。


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 また、バタフライドアにもいろいろ工夫があるそうです、大きく上に開くドアを支えるダンパーは油圧ですが、温度差によって効きが悪くなるのを防ぐためにもう一本の温度補償ステーなるものを付けているとか、ドアを開けたときに雨水が落ちるのを防ぐといのようなシール材、ドアを持ち上げるときに肘をかけられる内張やドアハンドルなど、ふつうのドアにはないものがあるようです。


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 今でもセラに乗っている友人が「温室みたいやから、暑いよ」なんて言ってますが、ル-フ用のサンシェードがあったり、エアコンは強力なものとなっています。


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 車台やエンジンなどは、FFになった4代目スターレットEP71型をベースにしていますが、ガラスのルーフが重いので、サスペンションには重心が高くならないようロールセンターを上げる工夫がしてあるそうです。


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 エンジンは5E型1500cc110馬力の高性能タイプになっていますから乗り味は韋駄天スターレットよりスポーティなはずですが、重い車体と低いギヤ比のせいでしょうか、私は特によく走るという印象は覚えていません。


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 セラは平成2年から7年までに15,000台余りしか作られていない希少車で、後継車も出ていませんので、平成3年の新車価格が5MTで160万でしたが、20年以上たった今でも中古車市場で30万からなんと70万以上の値が付いているそうです、でもクルマ離れが進んだ今の若者には、いえいえそこそこ年配の同輩に話してみても「セラってなに?」ぐらいの答えしか返ってきません、石原裕が健在だったとしてもも大衆車のセラには興味ないでしょうか。

 

 ところが最近、若い仕事仲間がもうクラシックカーになったセラを大事に乗っているのを見て、私の自動車屋で1台だけ売れたセラを思い出し、今更ながらセラの魅力を見直した次第です。

 

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posted by 健太朗 at 14:23| Comment(2) | TrackBack(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月27日

私が好きなマークⅡ

 初代コロナマークⅡは当時のコロナRT40のデザインを踏襲しながら輸出向きに一回り大きくなったクルマだと言うことは、コロナマークⅡのページで書きましたが、このころ、日産にもブルーバードを大きくした初代ローレルにも人気があって、2車がBC戦争第2ラウンドともいえるようなデッドヒートを演じていました。

 そして2代目は初代後期型のイーグルマスクを継承して、ローレルよりスカイラインGTをライバル視したМ型6気筒エンジンを積んで、よりスポーティーな演出をしましたが、スカGほどの押しの強い存在にはなりませんでした。

 そこで3代目は昭和51年、独自の個性的路線を行くべく、アメリカン・クラシック調デザインとなって、グランデという上級グレードが大ヒットとなりました。


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 もうこの型からはコロナの上級車種というサイズではなくクラウンよりちょっと小ぶりという大きさになって、特に2ドアハードトップは私が大好きなクラシック・コルベットのようなコークボトルラインが魅力的で、より大きく見えるクルマになりました。


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 搭載エンジンは2600cc直列6気筒、2000cc直列6気筒、の他に2000/1800cc 直列4気筒、ディーゼル2200cc 直列4気筒とトヨタならではのフルラインナップでした、しかしなんといってもグランデ2000が人気でした。


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 このエンジンは2代目クラウンで昭和37年にデビューしたM型SOHCクロスフローで当時90馬力だったのがここでは125馬力にもなって、M型シングルカムとしてはすでに成熟した印象ですが、キャブレターからEFIという今では当たり前の燃料噴射装置に換わり、さらに使いやすくなりました。


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 ところで、この車の名は「トヨペット・コロナマークⅡ」ですが、昭和53年トヨタは長年のブランド名である「トヨペット」を捨てて、「トヨタ」に統一しました、そして5代目昭和59年には「コロナ」も捨てて「トヨタ・マークⅡ」になりました。

 先頃復活した「ダットサン」のように「トヨペット」も復活するといいですね。

 

 私の自動車屋でもたいそう売れまして、特に呉服関係の社長さんなどには人気があって、茶色の風呂敷に包んだ反物を一反だけ積んで走っているような光景をよく見かけました、景気の良い時代だったのですね。


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 乗り味は「静かで、安楽で、退屈な」トヨタ80点主義の始まりを思わすようなクルマだというような印象ですが、これが当時の国産車の中にあってはピカイチの乗り心地だったのです、オートマチックやディスクブレーキ、それにパワーステアリングやラジアルタイヤなどの今では珍しくない装置やメカニズムが世に出て、商品として安定してきた時代でしたので、もう日本のクルマは完成してこれ以上はないだろう、などと思ったものです。


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 でもでもそんなことはなく、あれから40年もたって今でもクルマは日進月歩で発展・発達しているのですから、せいぜい長生きして今から40年後のクルマに乗ってみたい、などと思うのは歳をとった証拠なのでしょうか。


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posted by 健太朗 at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月25日

カローラ・レビン 86じゃなく27

  トヨタ86がよく売れて、ずいぶん久しぶりにクーペタイプのスポーツカーの話題が聞かれます、オープン2シーターはマツダ・ロードスター、セダンタイプならスバルWRXで、3車そろい踏みと言うところでしょうか、スポーツカーのいいものがでると私のようなクルマ大好き老年にも、又それらのスポ-ツカーを買えなくても、なんだか楽しみな気分になれますね。

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 86はカローラ・レビン、スプリンター・トレノが最後のFRとして活躍したAE86と言う型式に因んでいるそうですが、私にはもっとムカシのTE27のほうがライトウエイト・スポーツ・クーペとしてはピンときます。

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 カローラとスプリンターは兄弟車といいますが、初代カローラは昭和41年に2ドアセダンでデビューし後に4ドアが追加されていますが、スプリンターは昭和43年、カローラのファーストバック・クーペ、カローラ・スプリンターとしてデビューします。

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 ところが昭和45年、2代目になるとカローラ・スプリンターはノッチバック・クーペになりカローラから独立して単にスプリンターと呼ばれ、KE25型となります。

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 つまりカローラはセダン、スプリンターはクーペ、と棲み分けをするのかと思いきや、奇妙なことにカローラにも2/4ドアセダンに加えてカローラクーペとして同じKE25型が発売されました。

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 そして昭和47年、カローラクーペ/スプリンターにセリカの2T-G型DOHC1600cc115馬力エンジンを載せたクルマがTE27型カローラ・レビン/スプリンター・トレノになるのです、ちなみにLEVINは英語で「雷光」、TRUENOはスペイン語で「雷鳴」と言う意味だそうです。

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 こう書いてくると印象が悪いのですが、これが「兄弟車」の事初めでグリルなどの意匠が少し変わるくらいで全く同じクルマ、以降この手法が一般的になって、今ではひとつの台車を全く違う複数の車種が共用するという、自動車の白物家電化の時代になってきました。

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 AE86は先進のハッチバックですが、ノッチバックのTE27のほうがクーペとしてのデザインは自然な感じがします、当時、角張ったサニーなどに対して丸みデザインがなかなかいいと評判のKE20系カローラから派生したクーペですからセダンやライトバンを見慣れた目にはかっこいいとは映りっませんが、手軽なスポーツクーペとして、魅力をいっぱい持っていました。

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 乗り味は一言でいうと軽くて重いカローラ、てところですかね、2T-Gが載っていたセリカより185kgも軽いのですが、TE25カローラクーペよりも25kg重く、KE20セダンよりなんと105kgも重いのですからエンジン性能に対して車体は軽いので走りはいいのですがエンジンの重量が重くフロントヘビーなのです、ですから単に軽快とはいえず、カーブではアンダーステアの傾向が強かったことが印象に残っています。

 

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 しかしモータースポーツでは人気があって、なにしろ団塊の世代が20代半ばですから路上サーキットのみならず、鈴鹿や富士のサーキット、国際的にはラリー世界選手権でも活躍しました。

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 私の自動車屋でもトレノを販売しましたが、違法改造をお断りすると客足は遠のいてしまいました。

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 この頃の違法改造は主に「ガッタン」後に「シャコタン」とか言ったサスペンションの改造で車高を極端に低くするものですが私は改造車があまり好きでなく、違法性のない改造も滅多にしない偏屈者で、そういうお客様には嫌われたものです。

 

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posted by 健太朗 at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする