2015年12月25日

カローラ・レビン 86じゃなく27

  トヨタ86がよく売れて、ずいぶん久しぶりにクーペタイプのスポーツカーの話題が聞かれます、オープン2シーターはマツダ・ロードスター、セダンタイプならスバルWRXで、3車そろい踏みと言うところでしょうか、スポーツカーのいいものがでると私のようなクルマ大好き老年にも、又それらのスポ-ツカーを買えなくても、なんだか楽しみな気分になれますね。

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 86はカローラ・レビン、スプリンター・トレノが最後のFRとして活躍したAE86と言う型式に因んでいるそうですが、私にはもっとムカシのTE27のほうがライトウエイト・スポーツ・クーペとしてはピンときます。

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 カローラとスプリンターは兄弟車といいますが、初代カローラは昭和41年に2ドアセダンでデビューし後に4ドアが追加されていますが、スプリンターは昭和43年、カローラのファーストバック・クーペ、カローラ・スプリンターとしてデビューします。

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 ところが昭和45年、2代目になるとカローラ・スプリンターはノッチバック・クーペになりカローラから独立して単にスプリンターと呼ばれ、KE25型となります。

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 つまりカローラはセダン、スプリンターはクーペ、と棲み分けをするのかと思いきや、奇妙なことにカローラにも2/4ドアセダンに加えてカローラクーペとして同じKE25型が発売されました。

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 そして昭和47年、カローラクーペ/スプリンターにセリカの2T-G型DOHC1600cc115馬力エンジンを載せたクルマがTE27型カローラ・レビン/スプリンター・トレノになるのです、ちなみにLEVINは英語で「雷光」、TRUENOはスペイン語で「雷鳴」と言う意味だそうです。

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 こう書いてくると印象が悪いのですが、これが「兄弟車」の事初めでグリルなどの意匠が少し変わるくらいで全く同じクルマ、以降この手法が一般的になって、今ではひとつの台車を全く違う複数の車種が共用するという、自動車の白物家電化の時代になってきました。

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 AE86は先進のハッチバックですが、ノッチバックのTE27のほうがクーペとしてのデザインは自然な感じがします、当時、角張ったサニーなどに対して丸みデザインがなかなかいいと評判のKE20系カローラから派生したクーペですからセダンやライトバンを見慣れた目にはかっこいいとは映りっませんが、手軽なスポーツクーペとして、魅力をいっぱい持っていました。

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 乗り味は一言でいうと軽くて重いカローラ、てところですかね、2T-Gが載っていたセリカより185kgも軽いのですが、TE25カローラクーペよりも25kg重く、KE20セダンよりなんと105kgも重いのですからエンジン性能に対して車体は軽いので走りはいいのですがエンジンの重量が重くフロントヘビーなのです、ですから単に軽快とはいえず、カーブではアンダーステアの傾向が強かったことが印象に残っています。

 

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 しかしモータースポーツでは人気があって、なにしろ団塊の世代が20代半ばですから路上サーキットのみならず、鈴鹿や富士のサーキット、国際的にはラリー世界選手権でも活躍しました。

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 私の自動車屋でもトレノを販売しましたが、違法改造をお断りすると客足は遠のいてしまいました。

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 この頃の違法改造は主に「ガッタン」後に「シャコタン」とか言ったサスペンションの改造で車高を極端に低くするものですが私は改造車があまり好きでなく、違法性のない改造も滅多にしない偏屈者で、そういうお客様には嫌われたものです。

 

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posted by 健太朗 at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月14日

小さな星・パブリカ・スターレット

 雪印魔法瓶が「エアポット『押すだけ』」を、エースコックが「カレーヌードル」を発売し、山口百恵がシングル「としごろ」で歌手デビューした昭和48年、あの石油ショックによってパニックと狂乱物価をもたらした大騒動、その直前の4月にパブリカ・スターレットが登場しました。

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 それはジョルジェット・ジウジアーロのデザインによる角張ったクーペでした、フロンテ・クーペや二代ジェミニ、さらには初代ゴルフやロータス・エスプリにもよく似ていますよね。

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              カタログが痛んでいて、少々画像が乱れています。

 

 パブリカ・スターレットの型式はKP45、トヨタの通例でKはエンジン型式Pは車体そして4は4代目を、最後の5はクーペを表わしています、ですから初代は空冷エンジンのUP10パブリカ700です、そしてパブリカの名がとれた二代目以降のスターレットもPが車体型式になっています、スターレットとしては5代目のEP91型は平成11年で生産を終えましたが、その後のヴィッツはSCP10つまりCP型の初代となっていますが、Pを継承していることがパブリカやスターレットの後継車であることを表しています。

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 パブリカ・スターレットのエンジンと車台は3代目パブリカKP30型を引き継いでいますから初代カローラKE10型を改良したものです、ですから本来カローラがパブリカの後継であってもおかしくないのですが、当時トヨタはCで始まる車名に特別な想いがあったようです。

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 パブリカが登場する前のトヨタにはクラウンとコロナしかなかったのですが、より小型の乗用車を出すときに公簿でパブリカ(パブリックカーからの造語)の車名が決まったのです。

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 しかし格安な代わりに空冷で簡素だったパブリカは、発売当初、売れ行きがぱっとしなかったので苦戦を強いられたそうです、そこで次のクルマはクラウン(CROWN・王冠)とコロナ(CORONA・太陽冠)と同じCで始まるカローラ(COROLLA・花冠)になったということです。

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          こちらはOEMのダイハツ コンソルテ・クーペ          

 そしてサニー1000に対抗して急遽1100ccになったので800ccのパブリカが一挙に1100ccになるのには当時の、排気量で車格が決まった時代では抵抗があったのかもしれませんね。

 「プラス100の余裕」というテレビコマーシャルは話題になりました、以来トヨタのクルマはCで始まる車名が多いのです。

 しかしパブリカの後継車にはそんなジンクスにこだわってないでもっと画期的な新型を、というわけでイタルデザイン-ジウジアーロのデザインを取り入れて「小さな星」に希望を託した、ということのようです。

 さてそのパブリカ・スターレットですが、私の印象は、当然ですが「KE10KP30とおんなじクルマや」でした。それでも乗り味はずいぶんまろやかになっていました、K型エンジンの、否トヨタのエンジンのちょっとした欠点はバルブシステムの騒音でしたが、もうこの頃には気にならないほどに静かになっていました。

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 余談ですが、K型エンジンはスターレットの最終期に油圧式のタペットが採用されて驚くほど静かになりましたが、これを最後にタウンエースなどの商業車用エンジンになってしまいました。

 パブリカ・スターレットの室内は前後席とも広く、とても3780mmの小さなクルマだとは思えないほどでした、特にトランクルームは交換用スノータイヤが4本、ストレスなく収まるほどでした、当時、自身のタイヤが4本入るトランクはなかったと思います、でも、何年かしてラジアルタイヤに替わったら3本しか入らなくなりました。

 それにしてもカタログにあるイラストがジウジアーロのデザインだとしたら、そのままを現車にするトヨタの技術、日本のクルマ作りはたいしたものだと思わされたことが記憶に残っています。

 

posted by 健太朗 at 22:31| Comment(2) | TrackBack(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

トヨペット・エアポート・リムジン

  本棚の奥のもうボロボロになった自動車雑誌をめくっていると古い写真を見つけました。

 

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 写真のクルマは昭和36年の第8回東京モーターショーに出品された試作車で発売はされていませんが、おそらく日本車でセダン系派生3列シート車が発表されたのはこれが最初の作品ではないかと思います。

 

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  先ごろ発売された、3列シートの小型車、新型シエンタはミニバンという種類になるそうですが、トヨタ車として、このエアポート・リムジンがそのルーツと考えていいのではないでしょうか。

 

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 クラウンRS10型は全長4410mm(昭和36年式)、これを550mm伸ばして4960mmとし、左側に3枚のドア、その代わり右側は運転席専用のドア1枚にしています、そしてルーフには大型のキャリヤを取り付けて空港用らしさを演出していますが、要はちょっと長めのクラウン・エステートワゴンです、長めというならストレッチ・リムジンだといえるでしょう、そしてこのスタイルはメルセデス・ベンツ600プルマンリムジンを真似たものだと思われます。 

 特長あるのは左側の3枚ドア、2枚目と3枚目が観音開きになっています、初代クラウンの個性である観音開きを踏襲していますが、もちろん同じ部品を使っているわけではないようです。

 観音開きの良いところは後席への乗降のしやすさ、この場合は3列目が後席です、これは後ヒンジドアの長所と言えるかもしれません。

 なぜか今では後ヒンジのドアは見かけなくなりましたが、技術の進化は乗用車にもスライドドアが付くようになり、その最新版が新型シエンタというところでしょう。

 観音ドアを開けた中にある3列シートは9人乗りで、どの列にも3人乗車できるのが合理的ですね。

 

 ですがこれ以降、3列シートの進化は遅く、昭和39年にはクラウン、セドリックにエステートワゴンが設定され、3列目はなんと後ろ向きの2席になっていました、これはアメリカ車のステーションワゴンに倣ったものでしょう。

 昭和35年のコンマースに始まって41年ごろにはボンゴでヒットした商業車ベースの3列シート車、これはワンボックスワゴン、後には1.5BOXワゴンとして1ジャンルを築きますが、初めから乗用車とした設計された3列車は昭和57年の日産プレーリー、58年三菱シャリオあたりまで待たねばなりません、ちなみにトヨタがクラウンエステート以外にトラックベースでない3列シート車を世に出すのは平成8年のイプサム、ということです。 

 

 ところでミニバンというのはアメリカから入った言葉で、これは商業車を指しています、しかし日本では本来の意味に関係なくワンボックスや1.5ボックスワゴンのカテゴリーとして使っています、そして最近はシエンタのような小型3列シート車もミニバンの仲間に入れているようですし、ラウムもミニバンと言われたことがあります。

 もうそろそろこのミニバンという言い方には、さよならしてもっと適した名前はないものでしょうか。

posted by 健太朗 at 13:49| Comment(0) | TrackBack(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする