2019年10月13日

憧れのMG

 今回は、私にとって憧れの車、夢のクルマ、MGを話題にをしましょう。

 私とMGとの関わりはなんと言っても「月曜日の男」です。

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MG-TD ミジェット


 これは昭和36年から昭和39年までTBSで放送された、待田京介主演の探偵ドラマで、推理作家の持統院丈太郎、通称:JJが精悍なマスクとキザな黒い帽子を阿弥陀に被り、口もとを少し歪めたニヒルな微笑みを浮かべてMGTDに乗り、難事件を解決していく、という筋書きで最高視聴率は、昭和38年8月12日放送分の40.9%だったといいます。

 ちなみに水原弘が歌っていた主題歌は、次のURLで静止画と共に聞けます。

      https://www.youtube.com/watch?v=u54VbJB3Gjw

 当時中学生だった私はJJとMGにあこがれて、自動車雑誌でMG研究を始めたのが自動車大好き少年の「自由研究」のはじまりではなかったかと思います。

 次にMGに関わりを持ったのは、自動車屋に就職して3-4年もたった頃の昭和40年代中頃だったと思いますが、お得意先の化粧品会社の社長がオーナーのMGTDにほんの短距離ですが運転させてもらったのです。

 それは正にブリティッシュグリーンにキャメルのシートのきれいなクルマで、運転席の狭いことやその着座姿勢、足を伸ばしてもハンドルが近く、そのハンドルを抱えるようにして腕を曲げる、そして波形のダッシュボードとハンドルも近く、指先を伸ばすだけで操作できるホーンスイッチなどが強く印象に残っています。

MGTC01.jpg
MG-TCミジェット


 そしてOHV4気筒のエンジン音がダットサンに似ていること、排気音が気持ちいいこと、意外にふんわりした乗り心地だったことなども印象の残って、私がイギリス車云々というときのベースになっています。

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MG-TFミジェット


 そして今度は京都岡崎公園で催された外車やスポーツカーを展示するミニモーターショ-、この頃はこのような世界のクルマを展示する小さな催しがちょくちょくありました。

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MG-A


 その会場で見たホンダS800と並んで展示してあったMG-A、ホンダに比べて遙かにセクシーなデザインに惚れ込んでうっとりしていましたね。


 MGというのはモーリスガレージの略だといいますから、モーリスの姉妹車もしくはモーリスの子会社のクルマだと見るときもありますが、歴史をたどってみますとどうやらモーリスモーターが創業したころ、MGは創業者の道楽のような個人所有企業の一つだったようです。

 その創業者というのはどちらもウィリアム・リチャード・モリス、後のナッフィールド卿です。

 オックスフォードガレージは自転車組立販売会社から自動車製造を行うようになり、モーリス社の設立以降はモーリスガレージ自動車会社の社名でモーリスのパーツを使ったスポーツカーを製造するようになりました、MGの呼称はその頃から徐々にブランド名になっていったようです。

 そして当然のようにモーリスモーターに併合された、ということのようですが、これらは1910年から1924年くらいに起こったことです、日本では明治の終わりから大正時代のことです。

 その後イギリスの自動車メーカーは統合を繰り返します、MGを統合したモーリスは戦中、ナッフィールドオーガニゼーションとなり兵器製造となりますが、戦後はナッフィールドとオースチンが合併して、モーリス、MG、オースチン、ウーズレー、ライレーなどのブランドを擁するBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)となり、BMCはBMH(ブリティッシュ・モーター・ホ-ルディングス)、BMLC、更にBL(ブリティッシュ・レイランド)となって各ブランドのスポーツカーを製造しました。

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MG-B


 そしてMGは、1980年MG-Bを最後にアビンドン工場を閉鎖、短い歴史に幕を下ろします。

 その後は、MGのブランドをローバーが引き継ぎますが、2005年、ローバーは中国系企業の南京汽車傘下となり、南京汽車は上海汽車の傘下となって現在に至ります。

 イギリスの名門、MGはいまや中国ブランドとなって、イギリス時代とは違って現代的なハッチバックセダンですが、MGの名前はいつまでも残してほしいものですね。







posted by 健太朗 at 16:19| 京都 ☀| Comment(0) | 外車の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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