2015年10月12日

エレガントなコンパーノ

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 昭和40年から41年にかけて放送された「バックナンバー333」というテレビドラマ、コンパーノ・スパイダーが活躍するので、高校生の私はテレビにかじりついて見たものです。

 でも筋はよく覚えていません、Wikipediaによると、-鶴見大介は普段はレンタカー会社を経営しているが、事件が起きると愛用のスポーツカー「カーナンバー333」に飛び乗り、持ち前の正義感と合気道五段の腕前で社会悪に立ち向かい、次々と事件を解決していく-、ということです、鶴見大介はあの月光仮面や隠密剣士の大瀬康一が演じていました。

 コンパーノ・スパイダーはセダンのコンパーノ・ベルリーナの屋根を切り取って4人乗り2ドアコンバーチブルとしたクルマで998ccツインキャブレター65馬力最高速度145km/hのスマートなオープンカーでした。

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 そのベースとなったコンパーノ、プロトタイプは昭和36年、第8回全日本自動車ショー(東京モーターショー)で発表された、イタリアンデザインの「ダイハツ乗用車」というクルマでした。
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                                                    当時のFIAT

 

  当時、オート三輪トラックメーカーだったダイハツの初めての乗用車として発表されたのですが、実は昭和26年に三輪乗用車、Bee(ビー)、があって、そのデザインの美しさは人気があったのですが、36年のダイハツ乗用車はフィアット1800によく似たというよりコピーしたようにそっくりな、しかし小型乗用車としてはファニーなデザインでしたので評判が良くなかったのでした。

 そして翌年の第9回東京モーターショーに出品されたコンパーノ・ライトバンはイタリヤのカロッツェリア・ヴィニャーレによる美しいデザインで、その生産型は昭和38年4月に発売されました、続いて6月にはコンパーノ・ワゴンそして11月にはセダンのコンパーノ・ベルリーナが発売となりました、ベルリーナとはセダンという意味の他にエレガントなという意味もあるそうです。

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 ベルリーナはバンやワゴンに較べるとちょっとバランスが悪い印象でしたが、これがスパイダーになると実にかっこいいと思いましたね、ちなみにスパイダーは英語で蜘蛛ですが、軽四輪馬車のスパイダー・フェートンから転用された言葉で、アルファロメオ・スパイダーのようにオープンカーの呼称に使われましたが、オープンカーは他にもダットサン・フェートン、パブリカ・コンバーチブル、ロードスターやドロップヘッドなどいろいろな言い方があって楽しいですね。

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 さてコンパーノの特徴は何といっても梯子フレームを採用しているということ、つまりシャシとボディが分離していて、エンジンやサスペンションなどがフレームに載っている、理論的にはシャシだけでも走行できる構造になっています。

 もうこの時代でも軽量車はモノコックボディが当たり前になっていましたが、ダイハツはあえて梯子フレームを採用したのは車型のバリエーションを豊富にするためで、スパイダーは35kg増に抑えられたといいます、後にはピックアップつまりボンネットトラックまで出ているのです。

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 でもこの構造は重量的には不利で、つまりもともと重いクルマですから、私の記憶をたどってもスカッとよく走るという印象はありません、しかしダイハツのサービスマンの友人に、コンパーノGTというクルマに試乗させてもらった時には、エラい迫力があるクルマだと思ったことを覚えています。

03  コンパーノGTはスパイダーと同じ1000ccエンジンにソレックスツインキャブレターの代わりに国産車初の機械式燃料噴射を装備していました、キャブレターのようなユニットの中に噴射ノズルがあったように思いますが、確かツインキャブのスパイダーと同じ馬力だと聞いた記憶があります。

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posted by 健太朗 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ダイハツの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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