2014年04月12日

いすゞ117スポーツ

   いすゞ117クーペというクルマはご存知でしょうが、このクルマが初めて登場したのは昭和41年春のジュネーブショーで、その名をギア・ベレット・クーペといいました。

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  いすゞがイタリアのカロッツェリア、ギアにベレットのスポーツタイプのデザインを発注したのが事の始まりのようです。

  この時、ギアのデザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロがこの美しいクーペのデザインを担当しましたがギアの別のチームは同じ117のコード名で4ドアセダンを設計していました、これはフローリアンの名前で販売された6ライト(サイドウインドが6つに分かれている)の端正なデザインのセダンです。

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   さて、ギア・ベレット・クーペはその年の第13回東京モーターショーでいすゞ117スポーツという名で国内デビューを果しましたが、一般の目には、これはあくまでショーカーであり現実には発売されないもの、と思われていました、およそショーカーやコンセプトカーというのはデザインなどを優先して見せているもので、実際に生産モデルになった時にはショーカーの美しいデザインが生産コストや居住性のために少なからず失われてしまうことが多いのですが、そこはいすゞの技術の素晴らしいところで、というよりコストを無視して手造りで作ってしまったものですから注目を浴びるのも当然というところでしょう。

 

   昭和43年12月にいすゞ117クーペに改名して発売された時には172万円の値札が付けられていました、当時のクラウン・スーパーデラックスが112万、トヨタ1600GTが100万円、同じ2ドアクーペのシルビアも119万1千円ですからいかに高価なクルマであったかわかって頂けるでしょう。

 

 ちょっと横道にそれますが、ジョルジェット・ジウジアーロというデザイナーですが、美術学生の時にベルトーネに見いだされ、のちにギアに移籍、そしてイタルデザインを設立してクルマ以外にもデザインの幅を広げる、という生粋のイタリアンデザイナーですが、日本でも有名で、例えばマツダの初代ルーチェに始まって、117クーペの他にピアッツァやジェミニ、フロンテ・クーペ、アルシオーネ、スターレット、アリスト、80系カローラや初代ギャランなど数えればきりがない程の日本車を手掛けていますし、ムーブ、キャリー、ハイゼットなどの商業車にもかかわっています。

 また、外国車で有名なものにはマセラティやVWゴルフ、そしてあのバック・ツー、ザ、フィーチャーのデロリアンもそうですし、アルファ・スッドはあのボクサーエンジンを載せてスバル1000をベースにデザインされたことは私のようなくたびれたカーマニアの間ではよくささやかれた話です。

 

   さて、117クーペは先に発売されたフローリアンのダブルウイッシュボーンとリジットアクスルのベーシックな車台に125mmも低い全高1320mmのボディを載せ、ベレットの1600ccエンジンをDOHCにして積んだもので、ソレックスツインチョーク・ツインキャブレターによって120馬力を発揮したものですがのちに130馬力の電子制御燃料噴射も追加されています。

   そしてその後、1800ccや2リッターディーゼルも追加して、生産効率を上げるため、プレスを開発して機械生産に移行しましたが、ハンドメイドのイメージを落として酷評されました。

    

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  私の自動車屋でも販売しました、当時勢いがあった室町の呉服問屋の重役で、現金で決済されたことを覚えています。

   私の印象では、いすゞのそれまでのヒルマンに始まるイギリス風の味付け、つまりふんわりと柔らかな乗り心地からドイツ風の硬くてしっかりした、乗り心地に限らずすべてがそんな味付けだと感じました。

   ある時、エンジンの調子が悪いというので診せてもらったらエンジンルームを掃除するためのウエスがエアークリーナに吸い込んで詰まった状態になっていました、ムカシはこんな高級車に限らずエンジンルームまで丁寧に磨いていた人も多かったですね。








posted by 健太朗 at 17:20| Comment(2) | TrackBack(0) | いすゞの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
お元気そうで何よりです。

私の知り合いに117の奉信者が居られまして半世紀近く所有されています。
今でも新車のようにきれいにしています。
燃料噴射が出てすぐキャブレターTYPEから買い換えたのだそうですからあきれてしまいます(あの高い車を!)
当時のことですからコンピュータは、というより制御は、アナログ式でしょうから今メンテナンスするならキャブのほうがどれほど良かったことでしょうに・・・
ストリート用のアルミホイルの草分け コスミック を履いてなかなか粋ないでたちです。

べレットの後を担ういすゞのスポーティカーとしては、リア足回りはブル510のような4独と、ラック&ピニオンはおごってもらいたかったとおもいます。
リジットでもせめて4リンク+コイル程度は欲しかったと・・・

べレットは直接の系列では無いかもしれませんが、時代遅れのカデットのボディを着たり、少しバランスを欠いた感じのピアッッアだったりで、街の遊撃手までなんだか遠回りしたように感じます。

117はべレットの名を冠した時期が有ったとしてもフローリアンクーペに相違なくその生い立ちを守り続けたのでしょう。

それにしても今の車はフロントのエアインテークが大きいのはなぜでしょか。
大きな電気髭剃りが町を這い回っているみたいに感じます。
Posted by なめネジ at 2014年07月01日 23:37
健太朗です。
なめネジさんコメントありがとうございます。

うらやましいですね、お友達のことです。
あの時代の、あの理想的に美しいクーペを今でも乗り続けていらっしゃるとは、さぞご苦労も多いことでしょう、でもこのクルマは今や文化財のようなもの、なにとぞオリジナルを保ったまま何時迄もの乗り続けてほしいものです。

さて、確かにおっしゃる通り117にはベレットのダイヤゴナルリンクやラックピニオンをおごってほしいもんですが、まだ技術的に未成熟な時代のことですから、砲金のブッシュからコトコトと異音を発しながら走る117クーペは見たくない、なんてことも言えるのではないでしょうか。

私は当時、ベレットで苦心したことを思い出します、117だからと言ってこれらを解決しなければ、といすゞが頑張ったとしたら、もっと高くなるか、それともこのクルマ自体、世に出ることがなかったかもしれません。

実はフローリアンクーペ、だったからこそ117クーペが歴史に残ったのかもしれません、と、そんな風に思ってみました。
Posted by 健太朗 at 2014年07月02日 22:08
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