2011年10月15日

完成されたスバルの360・・・スバルR2

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                      カタログより 

 スバル360は日本を代表する名車だ。


 リヤシートの後のホンの小さな隙間にコンパクトなエンジンを載せて、たった3メートルの車体に大人4人をゆったり座らせてしまう、昭和30年代の日本車のデザインとしては画期的なものだった。
 このすばらしいクルマは実に12年間に渡り、約39万2,000台が生産されたという。


 国産自動車の黎明期から、それこそ日進月歩で発達改良されていく時代に12年ものあいだ基本設計を変えずに生産されたことは快挙に値すると思う、どうだろう12年もモデルチェンジしなかった日本車は360のほかに多くはないだろう、この時代のクルマなら三菱デボネアがある。
 外国車ならフォルクスワーゲン・タイプ1(初代ビートル)、こちらは桁外れで65年間に2千万台を越えているが、これは国民性もあるから比べないほうがよい。

 富士重工がビートルを真似したかどうかはわからないが、12年もの間には、改良してもしきれない部分が出てくるのは仕方がない、例えばトランクスペースがない。ボンネット下の空間に大きく足を伸ばす着座姿勢。重量配分によるふわふわサスペンション。同じ理由で軽すぎるステアリング。最高速度は最終型で90km/h。
 これらを改良するには根本的に見直すしかなかったのだ。

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                  当時の愛車

 そこで登場したのがスバルR2だ。ホンダN360やフロンテに対抗せねばならない。
 小さいながらボンネット下にトランクルームが出来た。燃料タンクをリヤシート下にしてリヤシェルフも大きくなった。着座姿勢は普通になり、室内はより広くなった。サスペンションはリヤもトレーリングアームになってしっかりした乗り心地になった。そしてエンジンはシリンダにアルミをおごって、リードバルブも採用され飛躍的に良く廻るようになった、最高速度も115km/hとなって、まるで小型車に乗っているよう、と評されるようになった。

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 スバルR2は完成されたスバルの360なのだ。
 しかしそれでもやがてN360に追い越される結果となった。生まれるのが少しだけ遅かったのか、時代は前輪駆動全盛時代に流れて行くのだ。

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 昭和44年、私はR2発表展示会で試乗している、まだ全面開通していなかった葛野大路を時速60キロで走ってみて、これなら使える、と感じたことを覚えている。
 何しろ私が時以前乗っていた360は16馬力の横エッチ、時速60キロはほとんど最高速度だったのだ。

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                 カタログより

 そして46年から4年近く、この初期のR2のオーナーとなった。
 当時の軽乗用車としては、N360のようにせわしなくはなく、フロンテのように大食らいでもなく、フェローより力強く、何となくカローラの80点主義のごとく可もなく不可もない、移動の道具としてホントに使いやすい車だったから、友人に是非にと請われて譲るまで何の不満も感じないまま4年も乗ってしまったのだ。

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 以後私はファミリアやカローラなど、道具として使いやすい車ばかり乗っている、私だけではない、日本の乗用車はやがて白物家電化して行くのだ。心の奥深くにマニアックなエンスー魂を仕舞い込んでいることを忘れているわけではなかろうに。

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posted by 健太朗 at 20:13| Comment(14) | TrackBack(0) | スバルの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
360CC軽自動車の代表は私の中ではスバル360です。(後のN360もあるけれど)
既存の自動車を 小ぶりに作ればいい だけでは到達できない、合理性とか思想とかといったようなものを感じます。
凹凸のある路面を走る後ろ姿を見ていると後輪のキャンバーがネガティブになったりポジティブになったりとてもユーモラスで愛嬌を感じました。(そのうち取れちゃいそうで)
同じ独立懸架でもキャロルは後輪の挙動はずっと優等生的にみえました。(なにやら重々しいけど)
そして軽自動車が550CC規格になった時レックス4stは乗っていてスバルの軽自動車の将来が暗澹としたものに思えました。
(4stのN360があんなに軽快だったのになぜ)

時代は進みスバルの軽4気筒(息子が所有)に接しこれには本当に感銘をうけました。

このごろ道を歩いていて、行きかう軽自動車の、粛々と走りそして早く、そしてゆったりした車室を見るにつけ隔世の感があります。

官民一体となってよい自動車文化を創ったと思います が

普通車より値段が高いのはいただけない


紫煙を吐き、パラんパラんと記憶の中で走るスバル360です
Posted by なめネジ at 2012年02月08日 17:45
健太朗です。
なめネジさん、久しぶりのコメントありがとうございます。

 スバル360は私にとっても軽自動車の代表です。そして日本の、いや世界の自動車界にとっても軽自動車の代表でしょう。
 スバル360が生まれたのは1958年3月3日、あのBMCミニは1959年生まれ(オースチン・セブンという名前でした)、そして360と同じRRのFIAT500(こちらはヌォーボ・チンクエチェントといいます)は1957年に生まれています、いわば世界的にミニカーの潮流の中でそして敗戦国日本で360は生まれたわけですが、他のクルマを真似たわけではなく戦前からの飛行機屋の技術で出来たわけです。
 チンクやミニがヨーロッパを代表するように、スバル360は日本の自動車の代表でもあるのです。

 でも私が乗った360はそのユーモラスな後輪がシャフトごととれてしまいましたけどね。(この顛末はこのblogの初期の頃、幼なじみのてんとう虫、に書いています)


 ご存じでしたか、スバルレックスが4ストロークになったとき、最初はダイハツミラのエンジンが載っていたのです、軽自動車規格や公害対策規制が急激に変わったため開発が間に合わなかったようです、そしてEK22という500㏄のエンジンに替わって更に550にアップするまで1年ほどでした。
 なめネジさんの印象を悪くしたのはきっとこの辺りのクルマだったのでしょう。


 現在は残念なことにスバルの軽自動車は、サンバーを除いて、すべてダイハツ製になってしまいました。でも富士重工が軽自動車で培った例えば電磁クラッチなどの技術は、ECTというオートマチックトランスミッションなどに生かされているのです。
Posted by 健太朗 at 2012年02月09日 16:34
そうですか、ちょうど境目の機種だったのですね。
エンジンメーカ云々より、排ガス規制の重い十字架を負わされ小排気量車には特につらい時期だったのでしょうね。

一昨日、小生の車が車検で、代車に何を借りようかと言う場面。
有るのはブルーバード シルフィー、ダイハツ ムーブ、ホンダ トゥデイ、といった顔ぶれ。
ブルはまあ乗らなくても感じは想像がつく。
トゥデイ(かなり古いTYPE)に触手が動いたが、ダイハツ車とスズキ車は未経験なのでダイハツをチョイス。

なかなかタイムリーです。

軽快によく走ります。が
オートマのモード[D4]を選んでブレーキを踏んで止まっているとゴトゴトと振動と音が気になります。
17000km走行のわりにはヤレてるなとよく見れば170000km。
大したもんです。
恐るべし 軽、恐るべし ダイハツです。

まともな(誰かに叱られそう)3気筒エンジンのハシリは シャレード と門外漢の小生の独断&偏見。

せいぜい1週間の付き合いですが 軽 ルンルン 通勤です。 と書いておりましたら車検上がりましたと電話あり。
自動車屋さんの定休日もあり1週間ぐらいと思いガス満タンにしてしまったのに!
ガソリンメータの針は天井に貼りついたままで動いていない!

燃費良いのはお財布的にも地球的にも「善」です。
Posted by なめネジ at 2012年02月14日 18:00
健太朗です。

 そうです、そうです、シャレードのエンジンは量産車では世界初の4サイクル3気筒エンジンなのです。
 ちょっとイメージしてみてください、3気筒が順番に爆発するとクランクシャフトにねじれ現象が起こるそうです、つまりそういう独特の振動が発生して3気筒エンジンを成立させるのが難しかったのだそうです。
 そこでダイハツはバランサーシャフトを設けて振動のバランスをとったというわけです。ダイハツのエンジン技術の真骨頂と言うところです。
 ところが、軽自動車用の660㏄3気筒エンジンではバランサーシャフトは付いていません、クランクシャフトそのものでバランスをとってしまったのです、すごいですね。

 ダイハツの軽自動車に多い、ゴトゴト音は実はこのことが災いしているのではないかと私は思っています、何しろこのゴトゴト音の発生源はコンロッドとクランクシャフトとのつなぎ目(コンロッド大端メタルなどといいます)にあるのですから。


 誠に余計なことを偉そうに、と叱られそうですが、元自動車屋で今はいちユーザーとしてひとこと、自動車屋の台車でもクルマを借りるのですから、借り賃の代わりに燃料くらいは満タンにして返した方が自動車屋の心証も良く、少しはサービスも良くなるかもしれませんよ。
 一言多くてすんません。
Posted by 健太朗 at 2012年02月15日 23:18
これは参りました。
了見が狭かったですね 改めます。

この項 タイトルはスバルR2 でしたね。
ダイハツにステアしてしまいましたのでスバルに戻しておきます。

昔、板金屋さんと‘立ち話’をしていた時、R2は板金パネルがとても合理的な構成だとほめていたことを思い出しました。
根拠は聞き忘れましたが板金修理的見地からの感想だった様に感じました。

かつて小生もそうでしたがスバルファン (スバリスト)
はかなり熱くて、1000Sや1300Sで行き交うとサインを出して合図したりしていました。
今思うと、ちょっと照れくさいですね。

今小生と席を並べている都合3名はかつていづれもスバルオーナでした。(1名は今も)

いすゞと近かったり、ニッサンと、そしてトヨタと、(ダイハツとも?)・・・変わっていく自動車を取り巻く環境ですが隠れスバリストはエールを送り続けるのです。
Posted by なめネジ at 2012年02月16日 12:36
健太朗です。

 いやいやいろいろ気を遣っていただいてありがとうございます、私もスバルファンですが、マイカーとしては軽自動車しか乗ったことがありません。

 富士重工ってメーカーはなんだか「どっこい生きてる」って感じありますね。
 武器はなんと言っても水平対向エンジンです、でも人気がある割には販売力や生産能力が日産やトヨタのようにはいかない、そこでトヨタにエンジンを差し出してボディに組み立ててもらって、両方で売ろうというわけでBRZ・86が出来上がった。

 さてさてこれで儲かったらどんなクルマを創るのが富士の夢なんでしょう、私はスバルファンとして、ヨーロッパの小型車、例えばアウディA1、アルファロメオMITO、それからシトロエンDS3のようなこじゃれたクーペのようなクルマに1200㏄くらいのボクサーを乗せてほしいですね。

 そういえばムカシ、ジウジアーロがデザインした初代アルファスッドが実はスバル1000になるはずだった、なんて噂がまことしやかに囁かれたことがありました、そんなエキゾチックなイメージがあるのは日本で唯一スバルだけでしょうね。
 あるのは、ではなく、あったのは、でしょうか、今は苦しくともやがて「復活」するように頑張ってほしいものです。
Posted by 健太朗 at 2012年02月16日 22:02
風強いですね
昨日雨の中user検査なんとか合格
光軸落ちてテスターやサン探すのに大騒ぎ
昔の場所廃業 其の近所のGSのお嬢さんに
格安車検も併設で教えてもらって
何とか最終ライン並んで合格
パートのおねーサン付き添いで指示してくれる
多分整備士免許持ってる人
光軸下向きすぎとか言われました。

360スバルのピストンリングは3本ですが
これって耐久性向上に寄与しているのかなと。
net知り合いが1年程からかってまして
気が付きました。

スズキの2stは短寿命でしたね
圧縮落ちてサイドノック

どちらもクランクシャフトに給油
しているが、スズキはやたらオイル食いましたが
スバルは割りにOIL持ちます。

ミッションオイルシールが結構漏れてまして
ドラシャ内部満タン
クラッチ側にも少々
庭先でやろうとしてますが無理だと思いますが?
ジャッキなし 車載ジャッキのみ台車も無い
乗り上げ 傾斜板のみ
Posted by 農家 at 2015年02月27日 12:21
健太朗です。
農家さんコメントありがとうございます。

コメントの文面から察すると農家さんはスバル360をお持ちのようですね、ぜひblogを立ち上げてその様子を書いてください。
期待しています。
Posted by 健太朗 at 2015年03月01日 21:23
最初が自分のサンバーの話

360の話はnetの知り合いの
360メンテ格闘上の話
我が県では実働車は消えたようです。1台近所代理店

関西 横浜 沼津 群馬 少々
Posted by 農家 at 2015年03月01日 23:10
健太朗です。
農家さんコメントありがとうございます。

そうですか、残念ですね。

こういう貴重なクルマは文化財指定でもして、政府が補助金を出してでも残していかなければ、などと思うのですけど。
Posted by 健太朗 at 2015年03月02日 22:57
最大級賛辞ですね
R2 2stは親戚乗ってました。腐るのが欠点
一寸運転したが、力強かった印象
その後田んぼに落ちたレオーネ1400バンをあげました。
14万キロから20万キロまで乗ったと思う。

360天道虫の寿命は7~8万キロでしょうか?
車体が足回りがそれほど持たないかも
部品供給が未だ何点か有るのも凄い
多分儲かっているから出来るのか

自分はスバル1000が世界遺産かな
ブレーキ整備が大変だから駄目でしょうか?

スバルの整備はエンジン降ろすのが楽みたいですね
降ろしやすく作ってます。
Posted by 農家 at 2015年03月04日 20:43
健太朗です。

私が最初に乗った60年式てんとう虫は、手に入れた時すでに8万キロに達していました、いやはや故障が多く乗っている時間より修理している時間のほうが長いくらいでしたが、このクルマが一番楽しい思い出です。
Posted by 健太朗 at 2015年03月04日 21:45
ジャトコCVTには未だにフのマーク入ってるそうです。
この優秀な耐久性のミッションもAGSに変わるのかも
「スバル2stの始まりから終わりまでを記載された
実践修理人の記録」ですね

エンジンのピストンクランク以外をOHしてる方いますが
送風機ベアリング交換、デスビグリス交換などです。
造形美を感じます。すきが無い軽量+強度
ジャッキ1個でよく降ろしてましたが、載せるのが
大変でしょう。
Posted by 農家 at 2015年10月14日 10:40
健太朗です。
農家さんコメントありがとうございます。

フのマークというのは、富士のフでしょうか。
だとすると、ジャトコCVTにはまだ電磁クラッチを
使っているCVTがあるということですね。
私はもう電磁クラッチは使ってないと思っていました。
不勉強ですね。

上のカットにもありますように、スバルのエンジンミッションは実に合理的に設計されていると思います、しかも強度は、スイングアームですから上下左右のストレスをこのパワーユニットが受けているのです。
おどろきですね。
Posted by 健太朗 at 2015年10月15日 19:37
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