2011年08月14日

走るというより飛ぶ感じ・ファミリアロータリークーペ 1

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 私にとってファミリアは親しいクルマである。


 初めて自動車屋に就職した頃は初代SSAの全盛期、あれ以来私の仕事の中でファミリアに出会う機会はつとに多かった。
 そして四代目ファミリアAPは中古車を買って3年半ほど乗ったし、五代目BD1051型には5年6万キロほど乗ったが、それ以降のファミリアは最後の九代目まで、もちろん自動車屋として関わることは多かったが、私を魅力することはなかった。だがファミリアは総じて日本人のファミリーカーとして最も適したクルマの中の一台ではなかったかと思う。
 これほど親しんだファミリアのなかで、どれか1台というなら新車を降ろした五代目BDだが、これはいずれお話しするとしてこれ以上に今でも印象に残っているのが二代目のボディを

使ったファミリアロータリークーペだ。

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 ファミリアセダンの後半分をクーペバージョンに換えてロータリーエンジンを載せたもの、お世辞にもかっこいいとは言い難い、ふだん飲み屋で焼き鳥なんかつついているお父さんがださいスウェットなんか着込んでマラソンに出るようなものだ、だからファミリアなのだ。


 ところが乗ってみるとこのロータリーエンジンのおかげでイメージは一変する、低速ではフレキシブルで使いやすいがちょっとトルク感が少ない、だがスロットルを開けてやると力強くモーレツに加速する。モーレツ、なんて古い言葉だ。
 とにかくよく走るというのが当時のロータリーエンジン車のイメージだ、どこかに書いたと思うが、次のカペラロータリーなどは直進でもおしりが振るほどの加速を味わえた、ファミリアはそれほどではないにしても夢のような走りを体感するのは容易だった。

 当時のファミリアのキャッチコピーが「走るというより飛ぶ感じ」、走りが良いと言いたいのだろうが、実は足回りが柔らかくふわふわで、高速になると文字通り走るというより飛ぶ感じだったのだ。

 カールベンツが三輪のガソリンエンジン車を創って以来、世界中の自動車はほぼ一貫してピストンの往復運動を回転力に換える、いわゆるレシプロエンジンを使ってきた。
 そのカールベンツから80年余を経てピストンを使わないエンジンを、日本の東洋工業が実用化するというのだからどれほど期待されたかを想像してほしい、あの文字通りのファミリーカーが流麗なクーペになって、戦闘機のようなダッシュボードを与えられている、しかもそれまでのレシプロエンジンよりはるかに性能が良いロータリーエンジンが載っているというのだから勢いアツくなる。

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 セダンの987cc 58ps/600rpm 7.9kg-m/3500rpmに対して491cc×2 100ps/7000rpm 13.5kg-m/3500rpmと、ほぼ同じ重さのボディを倍近い性能のエンジンで走らせるのだから、ぶっ飛んで当たり前というものだ。

 

                                           

posted by 健太朗 at 14:43| Comment(4) | TrackBack(0) | マツダの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高校に通う都電(路面電車)の中から行きかう自動車の品定め(別に買うわけではないが)をして軌道敷を走る挙動を観察したりていました。
初代のファミリアクーペはそのスタイルでお気に入りの1台でした。
走りはモッタリしているように見えましたけど。
まぁ後席は大人が乗れるか心配でしたがスタイル優先がこの時代の贅沢だったのかも知れません。

その後ロータリークーペが発売されテストコースで180km/hで走る写真を表紙にした自動車雑誌の記事を食い入るように読んだものです。
ただボディはなんだか安っぽくなったように感じたものでした。

くるま好きの友人とどんな車がいいか?なんて話をするときトヨタS8にロータリークーペのエンジンを積んで・ステアリングはラック&ピニオンでねディスクブレーキは必須だね など夢の言葉遊びを楽しんだものでした。

車重や強度や安全性やいろいろな制約がある自動車ですがほんとにそんな車を作っちゃうかもしれないような勢いの有る当時の自動車社会ではありました。
Posted by なめネジ at 2012年05月12日 00:20
健太朗です。
なめネジさん、コメントありがとうございます。

 本当に、真に夢を持てる時代でしたね、スバル360やミゼットから、ダットサンやコロナのタクシー、はたまたスポーツ500からMG、キャデラックまでどれも興味の的でした。

 初代ファミリアクーペもかっこいいクルマでしたね、あれはフラットデッキと言いましたか、ぐるっと一週クロームメッキのモールで囲まれた、グロリヤやコルベアに通ずるデザインでした。

 私は京都の電車通りの商店街で育ちましたが、店先で通りを眺めたり、自転車で近くの大きな交差点をぐるぐる走ったり、文字通り「品定め」をして夢想にふけっていました。
また私の部屋の六畳間はぐるっと一週棚を作って、自動車雑誌やカタログコレクションなど、私の頭の中に検索エンジンがあって、いつでも見たい記事がすぐに取り出せたものです。

 ツインカム、ロータリー、燃料噴射、コンピュータ制御、ディスクブレーキ、高速道路、GT、ロードスター、クーペ、夢のキーワードは今、現実に手の中にあります、でもあの頃の「夢」はどこへ行ったのでしょうね。
Posted by 健太朗 at 2012年05月13日 22:15
71歳のジジイです。40年以上前の私の経験で恐縮ですが、ファミリアロータリークーペGSのスペック表には最高速度180km/hと書かれていましたが、実際には260km/hで走っていました。燃費は4km/lで、フェールメターの針の動くのが見える様でした。改造らしき事は①トレッドを40㎜広げたこと②リアスポイラー(現代ものと可なり形状が異なる)取付③300km/hが、計測可能なスピードメーター取付④ボンネット中央部にアクリル製のスポイラー取付等を覚えております。
当時、東北自動車道にはポルシェのパトカーがいたのですが、出合わなかった事が幸いでした。
Posted by 関東渋谷 at 2014年12月06日 02:10
健太朗です。
東京渋谷さん、コメントありがとうございます。

いやー驚きましたね!!こんなにすごい武勇伝をお持ちの方が実際にいらっしゃるとは・・・、

あの時代だから出来たのかもしれませんが、空いた東北自動車道の路面を滑るように、飛ぶように走る小さなファミリアクーぺを想像するとワクワクしますね。 

それにしても40年以上前と仰るのですからまだ20代後半のお年頃だったのでしょう、お命を大切になさっていらしたのでしょうか、というより古稀をお迎えになるまで長生きされて良かったですね。
Posted by 健太朗 at 2014年12月06日 22:15
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