2011年06月24日

トヨペットの源流

 トヨタ車大好きな人でも意外にご存じないのがこのクルマ、元祖トヨペットである。
1947年というから私が生まれる前、当然乗ったこともないし、近くで見られるのは博物館だけだ。

          Sa01
               日本自動車博物館所蔵

 型式はSA、どうもトヨタの型式名は律儀でわかりやすく、これはS型エンジンとA型シャシーの組み合わせという意味で、何事もAから始まるのがトヨタ流だ。
 トヨタが1936年、最初に造った乗用車が豊田(とよだと読む)AA型、A型エンジンのA型シャシーという意味、そして1947年戦後最初に造った小型車がSA型、ということだ。

          Sa04


 トヨペットという名前は公募で決まったということだが、販売店の宴会で決まったという話もある。
 トヨペットはその後、SB、SC、SD・・・・とつづいて1953年トヨペットスーパーSH型がこれだ。

          Sh
        日本自動車博物館は当日、節電のために薄暗かった(ヘタな写真のいいわけ)

 このクルマはエンジンがOHVのR型1500㏄に換わってRHとなり、次のIからQまでとんで1955年にはトヨペットマスターRR型に続く、そしてこのマスターと同時に発売されたのがRS型トヨペットクラウン、というわけだ。

 どういうわけかというと、SAのS型エンジンは、それまでのつまり戦前のトヨタのエンジンとは一線を画すエンジンで、水冷直列4気筒サイドバルブ995㏄27馬力、こんな小さなエンジンは戦前のトヨタにはなく、ほとんど2000㏄以上の6気筒エンジンだったのだ。
 このときのSはスモールのSなのかサイドバルブのSなのかわからないが、もしかしたらsuccess(成功)のSだったかもしれないと考えるのは皮肉にもならない悪い冗談かも。

          Sa03


 ともかくボディの方も特別で、VWと4CVとモーリスか何かをスパイスに利かせて混ぜて煮て皿に盛って、シボレーのフロントグリルをトッピングしたような。
 これはちょっと叱られるかもしれないが、それくらいユニークなデザインのボディをFRのバックボーンフレームに載せてある、前はコイル、後は横置きリーフの全輪独立懸架だそうだ。

 もうすこし後の日本ならこれはすばらしいと受け入れられたと思うのだが、当時は何しろ米軍統治の時代、GHQによって制限された日本の自動車生産は1947年に初めて小型乗用車300台、1500㏄以上の大型50台の許可が下りた、という時代だから乗用車の顧客は個人ではなくほとんどがタクシーだったという、道路はウィリースのジープが音を上げたというくらいのひどい悪路、おまけに工作技術がまだまだ、このすばらしいニーアクションは売れるはずもなかった。
 で、このクルマはたった215台を生産して終わってしまった。

          Sa02
         こちらは日本自動車博物館が小矢部市にあったときの写真
              (上の写真と同じクルマではないようだ)

 もちろんこれはこれ、あのトヨタのことすでに想定済みで、SAの生産が始まると同時にSB型というこちらはリジットアクスル・トラックシャシーの堅牢なタクシー仕様のクルマを作り出していたのだ。


 時代は下って1955年、道路は良くなり、トヨタの技術力も成長、マイカー時代の始まりを告げるあの丈夫なトヨペットクラウンRSを売り出すとき、それでも慎重なトヨタは、リジットアクスルの悪路に強いトヨペットマスターRRも売り出したのであった、このときのRSのSはまさにsuccessのSだったのではないだろうか。

          Rs

               トヨペットクラウンRS

          01

               トヨペットマスターRR

posted by 健太朗 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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