2009年09月10日

9月11日、という数字の話

 少年問題を扱うある機関誌に、9月11日奇談として、次にような記事があった。

 曰く「9月11日は1年の第254日目に当たる。2,5,4の和は11となり、9,1,1の和も11となる。9月11日以降の1年の残り日数は111日ある。
 倒壊したニューヨークの貿易センタービルの2棟は11に見え、衝突した最初の旅客機は11便だった。
  テロに関係する「New York City」「Afghanistan」「The Pentagon」の3語はすべて11文字。
  この特記された特徴には何か意味があるのか・・・云々」

 なんだかこじつけたような気もしないでもないが、この記事では、二度あることは三度ある、13日の金曜日、4号室の病室、と同じように人それぞれの思いがあるが、これを意味なしと喝破してよいものだろうか、として、21世紀の人類はスピリチュアルな世界に無関心であってはならないことを教えている。と言っている。


 20世紀の終わり頃、銀河系の星々が一直線に並ぶ、とか、十字に並ぶ、とか、そのときに人類が滅亡する、いや次元上昇して平和になるとか、それがいつだったか忘れたがその時期を過ぎても何事も起こらなかった。

 そういえば、ノストラダムスの大予言は、1999年7の月に空から大王が降ってくるとか、これも何事も起こらずに過ぎてしまった。

 しかし、現在世界中で起こっている出来事、いや、人間がやっていることを見てみると、地球という星が、果たして永遠かどうか、疑問に思えてくる。

 人間を初めとして有りとしあらゆるものに寿命があるように、地球にも、
また人類という生命体にも寿命があるのだろうか、だが人類自らが人類滅亡の種を創っていては、これは寿命とは言えない。

 

  人類が 「永劫に持続可能な文明」 というものを築くことが出来るのだろうか。 
  

 もしもわれわれが、持続可能な文明を築きたいのなら、人類の想念の中から、そして人類が使う言葉の中から、「憎悪と報復」 を追い出して、「愛と感謝」 に変えなければならない。


 その方法はスピリチュアルな世界にこそ、あるのではないだろうか。

posted by 健太朗 at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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