2009年05月26日

憧れのホンダスポーツ

 レクサスからIS250Cというカブリオレモデルが発表された。
 日産の370Zロードスターは今、大きな話題になっている、またスバルとトヨタの小型スポーツカーの共同開発は、順調に進捗している、というニュースもある。
 外国車では、MINIコンバーチブルやBMW Z4など、こんな元気のない時代にスポーツカーの話題に事欠かないというのは実にうれしいことだ。

S200001

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそんな中、生産を中止するスポーツカーもある、ホンダS2000、インテグラもそうだ。


 ホンダは時代の変化に敏感だ、というより、ホンダは時代の流れを読むのが実にうまい。それは、スーパーカブ、CB72、N360、シビック、シティ、アコード等々、数多いヒット作やCVCCシビックに始まりHVインサイトに至る公害対策車、更にホンダのレースとスポーツカーの輝かしい歴史を、そしてその時代を見ればよくわかる。
 そういう意味ではホンダがレースやスポーツカーからの撤退するというのは、ホンダ一流の時代の読みなのかもしれないが、ファンにとっては寂しい限りだ。

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 昭和38年、アメリカではオートバイと呼ばずにホンダというくらいに、二輪車で世界制覇を果たしたホンダは四輪車に進出、その最初のクルマはホンダスポーツ360だった、これは惜しいことに、ついに発売されなかったが、オールアルミ製DOHC、4連CVキャブレターのエンジンはT360という軽トラックに移植された。
 このT360軽トラの楽しさは別の機会に書きたいと思うが、こんな楽しい軽トラは後にも先にもこれしかない。

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 スポーツ360と同時に発表されたスポーツ500は38年7月に発売され、大きな話題となった、私はこれこそが日本の自動車社会の幕開けだと思っている。
 発売された当初の新聞にスポーツ500の一面広告があった、私はこれを今でもどこかに残しているの思うのだが、いくら探しても出てこないので想像していただきたい。

 アメリカ大陸の砂漠地帯を貫く遙かな直線道路をただ一台左ハンドルのスポーツ500が疾走する、これを正面やや上のアングルでとらえた写真、新聞一面の大きさだ、大柄なアメリカ人が二人上半身をクルマからあふれ出すように乗っている。
 アメリカ大陸でテスト走行する日本初の100マイルカーホンダスポーツ500、などのキャッチコピーとともに45万9000円の価格が表示されていた                                      

posted by 健太朗 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ホンダの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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