2009年02月01日

六十路峠

 60の峠にたどり着き、この程めでたく職の荷をおろさせていただいた。


 40余年の間メカニック(自動車修理工)ひとすじの人生を送ってきた。

 これほど長い間好きな仕事だけをやってこられたのは勤務した自動車屋の社長を始め、先輩諸氏、同僚、かわいがってくださったお客様、そのほかいろんな人のお世話になったおかげである。


 特に女房は、少ない月給をやりくりして当たり前の生活をさせてくれた、その腕前は見事というほかない。

 

 有り難いことに、お客様に退職の挨拶をすると、「えらいこっちゃな、これから俺のクルマは誰が診てくれるのや」、異口同音に言ってくださるし、「おまえがいてる間にクルマ乗り換えたる」と言ってくださるお客様もあった。


 コンテッサの父ちゃんは、バブルの後、自動車屋の仕事が減ってきた、と私が愚痴をこぼした時から、彼の会社のクルマを私に任せてくれた、ご期待に添えなかったことは心苦しいが今はただ感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

 私ども団塊の世代は、ある意味すばらしい時代を生きてきたと思う。

 高度成長期の始めに青春時代を過ごし、物質文明の花が大きく開き、その満開のときに燃え尽きたのだ。
 日本のクルマが技術的に十分でなかった頃から、コンピュータで制御されたコンプリートマシーンになるまでを見てこられた。

 

 この間、大過なくのびのびと仕事をさせていただけたことはこの上ない幸せであったが、恥ずかしながら小さな失敗は数限りなくあり、その一つ一つが小さなトラウマとなって、それが積み重なって最近は少々萎縮気味であったが、新しい技術について行けなくなったのは決してそのせいではない。

 それにしても、好きなことだけをやり通せた人生はすばらしいものであり、今はすべてのすべてに感謝である。

 ほんとに皆様ありがとうございました。

 

 今は後悔することが何一つないのが幸せであるが、少しく複雑な気分である。

 ほっとしたような不安なような、これからが楽しみなような、なんだか寂しいような。

 今後のことは何一つ決めていない、もうメカニックとして、自動車屋のかどで立ち話をすることはないと思うが、今からは立場を換えて、一人のユーザーとして自動車屋のかどで立ち話をしたいとは思っている。

 

 そしてこの健太朗のblog「自動車屋のかどで立ち話」は少しづつアクセス数が増えてきて、万年初心者の私としては遅々として進まない更新を誠に申し訳なく思うが、ここしばらくはこのまま、ぼちぼち、続けさせていただこうと思っている。

 

 これからもどうぞよろしくお願いします。

posted by 健太朗 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 自動車屋のかどで立ち話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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