2008年08月06日

原爆の歌

      古里のまち  焼かれ
       身寄りの骨  埋めし焼け土に
       今は白い花咲く
       ああ  許すまじ原爆を
       三たび  許すまじ原爆を
       我らのまちに

 

 小学校の教科書にこの原爆の歌が載っていた記憶はない、当時の先生が原爆の悲惨さととものこの歌を教えてくださったものと思う。

 

 しかし半世紀もたった今でもこの一番の歌詞だけはそらんじて歌うことができる、そして原子爆弾の恐ろしさ、悲惨さ、の強烈な印象が、戦争の理不尽さが脳裏に浮かぶ。


  8月6日朝、必ず映し出される広島の追悼式の模様を見るにつけ、泪が出る。
 初めて広島の原爆ドームの前に立ったとき、足はすくみ、胸は詰まり、呼吸すら止まったような気持ちでしばらく動けずにただドームを見上げていた。

 

 これほどまでに思うのは、幼い頃聞いた悲惨な印象を覚えているせいかもしれない、過去の世においてこのような無差別大量殺人兵器によって殺された経験があるのかもしれないが、そんな魂レベルのことは知るすべもない。

 

 私たちはこの歌にある「三たび  許すまじ原爆を」、広島平和公園の石碑にある「過ちは繰り返しませんから」、のように再びこのようなことがないようにしなければならない。
 しかし私にできることはほとんどない、ならば繰り返さないように祈るしかない、世界の平和を祈るしかない。

 

 しかない、ではなく、祈らなければならないのだと私は思う。 

posted by 健太朗 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は42の男性です
この原爆の歌(許すまじ原爆)の歌を小学生の修学旅行の時バスガイドさんから教えて頂きました。
それから忘れる事ができません。
8月になると歌を思い出します。
でも残念なのはこの歌を知っている人がすくないことです。
平和記念式典でも流れてないようです。
私はいま自衛官として日々を過ごしています。
各国で戦争や争い事があっていますが世界から戦争や紛争が1日も速く無くなる事を願います
Posted by ピース at 2010年08月09日 18:43
ピースさん、コメント有難うございます。

本当にこの歌は強烈な印象を私達の心に残してくれています。

私はこう思うのです。

人間はこの大自然の一部分です。
大自然の真理は即ち大調和です。
大調和は即ち平和です、世界平和です。
人間が大自然の心理に沿って生きていく為には平和は不可欠です。


世界平和だけがこの地球世界に 「持続可能な文明」 を築くただ一つの方法なのです。


祈りは、生命をの宣り出すことです。
いのちをのりだす、即ちいのり、命の宣言です。
私達一人ひとりが平和を祈ると水紋のように拡がります。
平和を祈る人が増えて、ある臨界点に達すると、社会が大きく変わります。

芸術も祈りです。
見たり聞いたりする人の心に、感動や感謝や勇気を起こさせます。
この歌も芸術です。
聞く人の心に祈り心を起こさせます。
三度許すまじ、と宣言しています。

犠牲者の命、のこされたものの命、そしてこの歌を歌うもの、聞くもののいのちがのり出されているのです。


世界人類が平和でありますように
Posted by 健太朗 at 2010年08月12日 12:51
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