2007年08月18日

自動車屋のかどで立ち話

 映画「三丁目の夕日」で星野六子が勤める鈴木自動車は個人経営のいわゆる町の自動車屋だ。そんな風景の自動車屋に私が初めて勤めたのはもう40年以上前のことになってしまった。

 初心忘れるべからずと言うが、三つ子の魂というのか、人間は不思議なもので何十年やっていても、初期に覚えたことは忘れないものである。

 たとえば、まだ新米のころウェーバーというキャブレターメーカーのツインチョークのキャブを三つも着けた、いまにして思えば全く夢見心地なクルマがあって、そのバランス調整に苦労したことがあった。初代スカイラインGTである。
 この時代はソレックスだとか、三国だとかのツインキャブも多かった時代で、それらのバランス調整もウェーバーと同じに難しいものであった。

 ちょっと解説を入れると、ツインキャブというのは一台のエンジンに二つキャブレターが装着されているもの、だから四気筒なら2気筒に一つ、六気筒なら三気筒に一つだ。ツインチョークというのは二つのキャブレターを一体にして、ツインキャブと同じような役割をするものだ。スカGの場合は六気筒に2×3だから各気筒に一つづつということだ。そして後述のホンダの四連装は四気筒エンジンに四つのキャブを装着したものである。いずれもエンジンの性能を上げるための当時の手法だった。

 当時の私がいくら新米だとしても毎日同じような作業をやっていれば習うより慣れろで、いつの間にか巧く出来るようになったものである。デジタルや電子制御がない時代のことである。

 ブルーバードSSS、ベレットGT、コロナはSSやGT、クラウンSもあった、トヨタS800やギャランも忘れてはいけない、軽自動車ではフェローMAXなどもう枚挙にいとまがない。

 ところが最近になって、ホンダS800の四連装のキャブレターを調整するという機会があって、電子頭脳付き燃料噴射に馴染んだ若いメカニックを後目に、ちょいちょいと調整してしまったものだから、今更ながら大いにカブを上げるという事件があった。

 こんな事件を起こすような古い職人は、時々若いメカニックや営業マン、それにお客様までつかまえて昔話に興じてしまうことがあるのだ。一度はふんふんと聞いてくれる若者も、二度目以降はそれとなく話題を替えて逃げ出すのが落ちである。

 私自身は若いころから先輩や年寄りの昔話を聴くのが大好きだから、「戦争を知らない子供たち」でありながら戦争の苦しみもいくらかわかっているし、戦前のオート三輪の何処にどんな故障が起きるかも聞き覚えがある。

 そこでそんな昔話を文章にしてみたのだが、書いているうちに、これはまるでマスターベーションだとと云う想いに立ち至った。全く恥ずかしいと思ってしばらくは書かないで、どこかにしまい込んでいた。

 団塊の世代はコンピューターに弱い、と言う噂に奮起して、50のときにパソコンに挑戦してみた。これは全く、果敢に、と表現するほかない。だがしかし、OL嬢のように画面だけを見つめて、無数?にあるキーを十本の指でたたくなどとてもできない。が、まずまずやってみたらなんとかなるもので、一年もしないうちにインターネットも楽しめるようになった。

 凝り性の職人気質というのもなかなか厄介なもので、それから数年のうちに自作パソコンの世界に入ってゆくのだが、その話は別の機会にするとして・・・。

 この度、ネット回線をeo光に換えたのを機会にblogを始めることにした、恥ずかしいが昔話も書いてみる。
 表題は「自動車屋のかどで立ち話」である。「かど」というのは門口のことで京都では、家の前の道路を掃除することを、「かど掃き」などという。つまり町のサービス工場の門口で、私のようなちょっとくたびれた整備工が若いセールスマンでも捕まえて昔話を聴かせている様子を思い浮かべていただければけっこうである

posted by 健太朗 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 自動車屋のかどで立ち話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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