2017年09月22日

BONのプレリュード

京友禅の行程の一つに「糊置き」という技法があります、着物のがらになる文様の一つ一つの輪廓などに糊を置いて色を染める手法で、江戸時代から連綿と続けられている伝統産業です。

そんな伝統ある、しかしとても地味な仕事を、町屋の奥でひっそりとしている若い職人さんが京都室町界隈には沢山ありました、少なくとも昭和の終わり頃までは。

そんな糊置き職人の一人、BONというあだ名の腕のいい職人さんの愛車、プレリュードの話しです。

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最近はどうでしょう、ホンダのクルマって身近なクルマはN-BOX、フリード、オデッセイなど、それにフィットを加えても実用車が多く、これにS660を加えても、これらのクルマにオシャレで夢のある雰囲気はありませんよね。

でも昭和のホンダは実に楽しくて夢を持ったクルマが多かったのです。

S500に始まって軽トラにもDOHC4気筒エンジンをおごってみたり、どっしりと四つ足を踏ん張ったシビックに世界初の低公害エンジンCVCC、トールボーイと言われたシティー、更には屋根もドアもないお遊び用軽トラックでブランド名が後ろについたバモスホンダ等々、他にもいっぱいありますが、数えるだけでも楽しいクルマたちでした。

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その中にあって、プレリュードは個性を前面に出したデザインのクーペで、だけれども初代プレリュードはスピードメーターとタコメーターが同軸の指針になっているのが個性の代表でしたが、外観のデザインはアコードクーペだと言われてちょっと不人気でした、しかし輸出は好調だったようです。

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そこでBONがゴルフから乗り換えた2代目プレリュードが登場します、2代目は昭和57年に登場しますがBONのクルマは昭和60年の後期型で、さらに個性を強調し、「ここに直4 2000ccが載ってるの?」というくらい低いボンネットに、リトラクタブルヘッドライトですから、低い着座位置からでも見通しがよく、このモデルで初めて採用されたドアミラーのせいもあって、今では当たり前ですが、運転席からボンネットがまったく見えないので、当時としては異次元の景色だったのです。

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ガラスサンルーフもまたそんな景色の演出に一役買っていて、そのサンルーフが標準装備だったことも魅力に一つでした。

さらに一本アーム式のワイパーも異次元でした、ベンツのように歩行者に水をかけるほどではありませんがその速い動きに圧倒されました。

そんな雰囲気が「デートカー」という言葉を生み出しました。


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乗り味は、それ以前のホンダ車のようなごつごつした、ワイルド感は軽減され、しかししっかりとした堅さを感じる乗り心地で、逆に速度感応式のパワーステアリングは低速では異常とも言えるほど軽く、おかげでクルマ全体が軽く感じるほどですが、鋭い発進加速を味わいながらかどを曲がるだけで「おっ、これはスポーツカーやね!」と思わせる、ロールしない、というより横Gを感じない、という印象でした。

でもこのまま郊外に出てワインディングを走行るとホンダ特有のFF癖が残っていて安心するやらがっかりするやら、でも今思うとこれがホンダ一流のオシャレだったのかな、とも思います。

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そのBONがあるとき、堀川通り(京都では最も広い通りの一つ)5-60kmで走行中、レンガのようなものを踏んだというのです、大きなショックに驚いて路側に停車めていろいろ眺めたり覗いたりしてもいつもと変わりが無い、でも走行って見るとなんかいつもと違う、と言って私の自動車屋に持ち込んでこられたのです。

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で、試運転をしてみるとほんのわずかですが右にハンドルが取られます、ホイールアライメントを確認してもメーカーデータの範囲内です、リフトアップして下から覗いて見ること数十分、サイドメンバーの付け根にわずかな傷を見つけました。

まさかとは思いましたが、レンガを踏んづけたショックで、タイヤやサスペンションアームなどは異常が無いのに、ボディの骨格が歪んでしまったのかもしれない、でもそんなことは聞いたこともないなぁ、などと思いを巡らせていてもしょうがないので、お客様であるBONの承諾を得て、下請けの板金工場へ持ち込んだのです。

板金工場で特殊工具を使ってチェックしてもらった結果、残念にも私の診断が的中したのでした、少々お高くつきました、そして厳密にはこれは修復歴車となってしまいましたが顧客であるBONには、まずまず安心していただきました。


今のクルマはコンピュータを駆使して設計をするそうですので、こんな強度ムラはないのでしょうが、若い自動車会社の夢をいっぱい積み込んだクルマの、予想も出来ない故障があった時代のお話でした。

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posted by 健太朗 at 21:18| 京都 ☁| Comment(0) | ホンダの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

カローラ50周年 初代KE10

 カローラ50周年と言うことでこのところいろいろなキャンペーンやイベントが展開されています、第13回東京モーターショーで発表され、昭和41115日、初代カローラKE10が発売されてからもうすぐ51年になります。

そこで今回は初代カローラのカタログを見ながらお話しましょう。

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カローラKE10 05.jpg初代カローラが登場する前の昭和30年代後半、トヨタの乗用車はクラウン、コロナ、パブリカの3車種でした、そろそろ自家用車が一般市民にも普及し始めた、というのは当時の通産省が打Vち出した国民車構想の答えとして500ccから1000cc以下くらいのクルマが各メーカーから出揃って、でもパブリカ38.9万円、スバル36.5万円、カローラも初期は43.2万円でした、いずれにしても初任給1万数千円から見るとまだまだ高価でしたが少しづつ身近になってきた、という時代です。

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 カローラを開発するに当たって、主査の長谷川龍夫氏は「パブリカの反省にたって」と言います、パブリカは走行性能などは問題ないが、あまりにも簡潔な内装などのため、豪華さや快適性で軽自動車のデラックス化に追いつけなかったと言われています、さらに空冷2気筒の効率のよいエンジンではヒーターが充分でなかった、ということもあってメーカーの目標(月販3000)には及ばず不振のスタートだったと言われています。

 そのような反省にたって、カローラのポリシーを「80点+α主義」としたそうです、これは全体を80点以上の点でバランスして、その上でユーザーに魅力する、つまり+αを付け加えるという意味です、結果的に初代KE10では+100ccに焦点がが絞られたようになっていますが、実はこの時から「ひとつ上のクラスの豪華さ」と言うことを意識していたそうです。

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カローラKE10 06.jpg 改めてカローラのカタログを見ても「+100ccの余裕」などとはどこにも書かれていません、そしてフルリクライニングの豪華なシートやカーペットが上級クラスに見えますし、4速フロアシフトやホーンリングのない二本スポークのハンドルが新しさを感じさせます。

 ただしエンジンは、カローラの発売直前になって1000ccのサニーの情報が入り、急遽1100ccに変更されたという話しです、これに対応した工場の力もたいしたものですね。

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 カタログの1ページに「自動車をみんなのものに」とあります、それがトヨタの願いです、というのです、そして「見えないところにまで気を配り、1カ所の妥協もありません」「あなたの幸福な生活のシンボルです」モータリゼーションの幕開けにぴったりのフレーズですね。

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 次に独創的なスタイルを強調します、今ではこの大きさ(全長3845mm)のノッチバックセダンはありませんがバランスのとれたいい形だと私は思います。

 今のクルマと違ってプラモデルに見えないところがいいですね。


 「ヨーロッパの水準を破った高速設計」最高時速140km100kmで走っても75%の力しか使いません。

現在のカタログには最高速度は表示されません、試す輩がいると危ないからです、でもこの時代はこの数字が自慢でした、余計なことを言いますがこの時代のこの数字には誇張があります、誇張というと語弊がありますが少なくとも実用的な数字ではないでしょう、だから表示しないようになったのかもしれませんね。

 4速フロアシフトは実に心地よいフィーリングだった印象があります、そして2点式シートベルトはまだ一般的ではなくオプション設定でした。

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カローラKE10 15.jpg 「リビングルームそのままの快適設計」ボディと同色のダッシュパネルは鉄板です、そして国産車初のフルリクライニング、後席の背もたれが上がります。


 「すべての雑音を遮断した静粛設計」オーバーな表現ですがその後カローラはモデルチェンジごとに静かさが進化します。


 「健全家計にぴったりの経済設計」燃費22km/Lは平坦路での公式記録です、満タン36Lで東京から岡山まで走れる計算です、という宣伝文句はどうかと思いますね、今の燃費表示問題のルーツです。

 足回りは給油不要、と言っているのは当時画期的なことでした。


 「安心した高速ドライブが楽しめる安全設計」もちろん今とは較べられません、鉄板製のダッシュボードの上にパッドが張ってあるだけ、エアバッグもシートベルトもありません。

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 エンジンはKOHV1100cc60ps、非常に扱いやすいエンジンですが、当時は4段ミッションは2速で発進できて当たり前でしたので、ローで発進するカローラは高速タイプだといっていました。

 60度傾斜しているのもオイルフィルターがカートリッジ式なのも画期的でした。


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 フロントサスペンションがシンプルなマクファーソンストラットとロワーアームブッシュをラバーでで仕上げているのにも驚きました、それまではいかにも丈夫そうなダブルウィッシュボーンの弱い金属ブッシュを車検ごとに分解修理していたものですから。


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 さて、カローラは現在11代目です、初代は後輪駆動でしたが5代目で前輪駆動に変わります、だったら4代目までをクラシックカローラと呼ぶというのはどうでしょう、クラシックコルベットみたいでいいでしょう。

posted by 健太朗 at 20:09| 京都 ☁| Comment(0) | トヨタの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする