2016年08月10日

機械遺産 その1

  先月25日、一般社団法人・日本機械学会からスバル360が機械遺産に認定されたと言うニュースが入ってきました。

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 8月7日は機械の日だそうで東京大学で認定表彰式が行なわれたそうです。

 機械遺産とは、歴史に残る機械技術遺産を保存し、文化的遺産として次世代に伝えることを目的に、日本国内に現存する機械技術面で歴史的意義のある遺産を同学会が認定するもので、平成19年より継続的に実施され、平成27年度を含め83件が認定されています。

 日本機械学会のことはよく知りませんがこれは2016年度分として指定されたものだそうで、他に岩手県の松川地熱発電所など7件が認定されているそうで、どうやら最新の機械技術ということではなさそうです。


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 でも大好きなスバル360が遺産認定されたニュースに接すると私はとても嬉しいです。

 調べてみると平成19年にマツダの10A型ロータリーエンジンが認定されて以来、自動車に関連する認定も数々あって興味深く感じました、そこで歴代の機械遺産、中でも自動車関連についてちょっと調べてみようと思います。

 

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 まずまずスバル360-K111型ですが、このblogのどこかに書いたように、昭和30年、通産省が発表した国民車構想に呼応して当時の富士重工(現、株式会社SUBARU)の百瀬晋六氏を主査に開発され、昭和33年3月3日発表されました。

 33年と言えば東京タワーを思い出します、東京タワーは昭和33年と高さ333mとぞろ目ですが、360はデビューの日付がぞろ目ですね。

 時代は高度経済成長期まっただ中、スーパーカブやソニーのトランジスタラジオが発売され、チキンラーメンを食べて第一回ウエスタンカーニバルでロカビリーに熱狂した頃です。


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 そして軽自動車としては最初のヒット作となりました(当時の規格は全長3m全幅1.3m排気量360cc)、昭和33年から45年まで実に40万台弱が生産されたと言います、そのスタイルから「てんとう虫」というニックネームも生まれ、また「マイカー」という言葉が産れたのもスバル360からです。
 でも大卒初任給が1万3千円ほどの時代、最初のスバル360は52万5千円でした。


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 最初に製造された初期型60台の内1台は群馬県のスバルビジターセンターに保存されています、初期型はフロントバンパーが二分割でボンネット後方のカウルベンチレーターもなく、ボディは少し角張っている感じがします。


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 私が乗っていたのは35年型ですが既にずいぶん改良されていたようで、カウルベンチレーに加えてドア窓ガラスはスライド式で三角窓がありましたので、ごーごーと風が入ってきました。


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 360ccエンジンは16馬力、ミッションはノンシンクロの横H式パターン、ダンパーはフリクションダンパー、シートフレーム・ホイールキャップ・ヘッドライト枠などはアルミニューム製などなど、今から思えばユニークな点をあげればきりがありませんが、あの小さな車体にひろびろ室内は特筆もので、主査の百瀬晋六は180cm超の長身で脚も長かったそうで、またエンジニアの室田公三は背は低いが座高が高く、二人がダミー人形を使わず自分たちの身体でテストした、という伝説が伝わっています。


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 また、それ以前の軽自動車の強引な縮小版ではなく、4人乗りミニカーのためのデザインという大前提がスバル360の信条であり機械遺産として高く評価された理由でもあるのではないでしょうか。

 今回、スバル360が日本機械学会から機械遺産として認定されたことで、機械技術面で歴史的意義のある文化遺産として大切に保存し、次世代に伝承して行けるのではないでしょうか。

posted by 健太朗 at 13:53| Comment(3) | TrackBack(0) | くるまの雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする