2014年09月02日

和尚さんのミニカ

  考えてみたらこのブログで三菱のはなしを書いたことなかったですね、そこで今回はミニカのはなしです。 

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 以前、幼なじみのてんとう虫、というはなしを書きましたが、そのスバル360の代替として和尚さんが乗られた三菱ミニカです。

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 三菱ミニカという車種は昭和38年に初代ミニカが発売されて平成23年まで、実に8代45年という長寿命の名跡なのです。

 日本の乗用車の中でもっとも長寿なのは言わずと知れたクラウンの14代59年ということになりますが、軽自動車ではこのミニカがNO.1なのです、でもミニカの名前は既に廃止されておりますからクラウンと違って破られるかもしれない記録ですね。

 さて和尚さんのミニカは初代のマイナーチェンジ後、1964年式です。

 

 初代ミニカの後期型はME24型2サイクル強制空冷直列2気筒359cc18馬力リードバルブ管制方式・分離給油方式、という当時の2サイクルエンジンの最先端技術が盛り込まれています。

 

        Mengin 

 強制空冷というのはオートバイのようなフインで覆われたエンジンをブリキ板のような薄い鉄板ですっぽり包み込んで、この隙間に大量の空気(風)を送り込んで冷却するというもので、現在ではもうお目にかかれませんが軽自動車の発展途上では盛んに使われた方式で、コストパフォーマンスは良いのですが騒音を抑えるのが難しく、各メーカーではいろいろな工夫をしていたようです。

 またリードバルブ管制方式というのは、2サイクルエンジン特有の吹き返しを防ぐために吸入ポートにハーモニカのリードのような逆流防止弁を組み込んだものです、これによって吸入効率が良くなって性能を上げられたのです。

 私の記憶では軽自動車2サイクルエンジンの中では一番、回転がスムーズでふけ上がりが安定していて使いやすいエンジンだったと思います。

 それはシャシに癖がなくしっかりしていたからではなかったかと思います。

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 実はミニカは当時の新三菱重工のクルマですが、水島自動車製作所というメーカーの製品だったのです、もちろん三菱グループの会社ですが、戦前は水島航空機製作所で海軍一式陸上攻撃機を作っていました。

 一式とは皇紀2601年4月に制式採用されて名づけられたもので、星型14気筒42.1立1530馬力、金星、というエンジンを載せて空気抵抗の少ない双発機だったそうです。

 そして戦後は、水島機器製作所に改名してオート三輪「みずしま」から軽三輪「ペット・レオ」を三菱レオとして発売、その後社名を水島自動車製作所として三菱360という商業車を開発、ライバルに較べて乗用車的な居住性と高級感を備え、三菱のブランド力も加わって人気があった車でした。

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 その三菱360をベースにして作られたクルマですから、堅実、平凡で先進技術に乏しい代わりに信頼性のあるクルマで、前・横置きリーフのダブルウイッシュボーン、後・リーフリジットです。
 まだ技術力に乏しい時代のFFやRRより当然乗りやすく使いやすいクルマであったことは間違いありません。

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 和尚さんがミニカに乗ってから、以前のスバル360のように電柱にガリガリこするようなことがなくなったことは言うまでもありませんが、その後の和尚さんのクルマは昭和45-6年ごろに乗り換えられたミニカF4を含めて、引退されるまで見事に無傷でした。

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posted by 健太朗 at 22:15| Comment(10) | TrackBack(0) | ミツビシの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする