2010年01月23日

カタログコレクションから ・ ホンダN360

N3601p_2

 今回はホンダN360、発売前のカタログだ。
 昭和41年10月、第13回東京モーターショーにプロトタイプが出品され、次のページにあるように12月から予約開始、翌年2月発売と在るが実際にはもう少し遅れたようだった。

 ホンダN360は実にめちゃくちゃなクルマだった、31万3千円の単一グレード、31馬力のオートバイのような空冷エンジン、十字ジョイントを組み合わせたドライブシャフトを持つ前輪駆動、Miniのようなまっ四角なボディで居住性抜群、ダッシュボード下から生えたシフトレバー、赤や黄色の派手な塗装、どれをとっても当時の軽自動車の中にあっては常識破りだった。

N36023p

 昭和39年頃から馬力競争が始まっていて、それでもスバル360もキャロルもこの時点で20馬力だ。
 価格はキャロルが39万、スバルが36.5万、フロンテは38万だった、そしてこの年発売されたカローラは43万2千円、大学卒の初任給がまだ2万円に達していなかった頃の話だ。

 ちょっと写真が小さくてわかりにくいかもしれないが、上のページの2番の写真にあるシフトレバーはいかにもしゃれたデザインなのだが、実際に発売された時には黒いブラケットが付いた無粋なものに替わっていた、だがハンドルやドアノブからバックミラーに至るまで、新しいデザインで人気を集めた。

N3604p_2

 しかし実際に乗ってみるとせかせかとせつろうしい性格だった、当時の私たちはスポーツカーのような高回転型のエンジンには慣れていなかったので乗りにくく感じた、前輪駆動のハンドリングもまだこなれてなく、直進でもパワーオンオフで進路を乱されることがあった。実際にアメリカではこのことから訴訟問題に発展したとの話が伝わっている。

 私の自動車屋でも発売直後に数台買っていただいたが、そのどれも短命だったし、次もホンダを選んでいただいたユーザーはなかった。

 何しろ発売直後からまるで開発中の実験車のようにパーツの変更が相次いで、SFと呼ばれたサービス工場でパーツを買ってきても合わなかったりすることもしばしば、修理には多くの専用工具や設備が必要なこともあって、町の自動車屋も困り果てた。

 しかしこのN360が4輪メーカーとしてのホンダの礎となったことは周知の事実で、また当時の軽自動車ブームの火付け役として一大革命をもたらした風雲児はこの後、日本中でN360を見かけない場所はないと言うほどたくさん売れたのである。

 N360はスバル360とともに日本の名車として永遠に心に残るだろう。

posted by 健太朗 at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ホンダの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

CPUも壊れることがあるのだ

去年の暮れ、パソコンが壊れた、と妹からヘルプ。

 

さっそく見に行くと、スイッチオンでPOST画面の後、黒い画面におびただしい文字列、ここで停まるのだ、英語だからなかなか理解できないがよく見るとCPUエラーの文字が見える。

 

CPUが故障するなんて事は滅多にないことだ、CPUクーラーの取り付けが悪かったりしてオーバーヒートしたとしてもフェイルセーフ機能が働いて停まってしまうが、冷えたら又回復する、しかしこのパソコンは自作ではなくショップブランドなのだ、それにもう5年もトラブルフリーで使っているパソコンなのだ。

まぁ、5年たっているから仕方ないというならそうかもしれない。

 

そう、このパソコンは2004年のTOWTOP製だ、マザーボードはBIOSTAR P4M80-M7、当時の単体価格は6000円前後のものだが、Pentium4 630 3.0GHzHDD 120GB、モニターセットで10万円ちょいの価格だった、HDD120GBは当時としては大きい方だった。

 

その当時のPentium4530530J5316304製品がすべて3.0GHzで並んでいた、ハイパースレッディングや64bit対応などの違いだ、もちろん630が最新で最高値だ。

 

ところが、このCPUをはずしてみるとなんと531だった、531630では2次キャッシュが違うのでこの差は大きい。

 

Pen531

      531の文字が見える

 

 私も妹も記憶を確かめ合ったが、今更どうにもならないしどうせ違いがわからないのだから笑いとばすしかない。

 

 

で、ちょうど私の530Jが余っているのでこれに付け替えたら何事もなかったかのように起動した。

 

元のCPUクーラーは相当埃がたまってはいたが、これが原因といえるほどではない、なぜCPUが壊れたのか原因は不明だ、しかしCPUも壊れることがあると言うことを知った。

 

Pen531c

       ほこりがこってり

 

と言うわけだが、ついでに全部ばらして埃を払い、手持ちの余った古いパーツを使って組み替えることにした。

 

まずCPUが壊れた原因として唯一考えられるのはCPUに大きな電流が流れたことによるもの、電源ユニットかマザーボードの電源回路、マザーは手持ちがないのでそのままにして、電源は少しやかましいが初代Kal-elの慶安のケースに付属していたものがあるのでこれを使用、メモリーも512MBからノーブランドDDR400 512MB×21GBに増量、更にグラフィックボードもA-Open FX5200DV128LPという古いものをここに移植、オンボードよりいいだろうという想いだ。

 

これで良くなったと思ったら、なんとHDDがいっぱいになっている、120GBのうち30GBほどしか空きがない、いったいなにがそんなに詰まっているんだろうと探してみると、DVDをコピーした時の一時ファイルだ。

 

ひとつ4BG余りのISOファイルが20個もDドライブを占領している。即削除したことは言うまでもない。そしてディスクのクリーンアップ、ボリュームチェック、それにデフラグを実行、デフラグはなぜかWindowsXPのデフラグがすぐ停まってしまうので驚速デフラグを一時的にインストールして実行すると真っ赤だったのがほとんど青一色になった。

 

Pc

        これで完成

 

妹はCore2Duoを載せてWindows7を入れたがっているのだが、そうなるとマザー、CPUHDD1TBの早いものに換えるとなると安く見積もっても数万円かかりそうなので、せっかく速くなったこのマシーンをもうしばらく辛抱して使うよう説得した。

 

という次第である。

posted by 健太朗 at 21:33| Comment(2) | TrackBack(0) | パソコンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする