2009年08月09日

長崎の鐘

        ノーモア被爆者

         こよなく晴れた 青空を
   悲しと思う せつなさよ
   うねりの波の 人の世に
   はかなく生きる 野の花よ
   なぐさめ はげまし 長崎の
   あゝ 長崎の鐘が鳴る

  新しき朝の光のさしそむる  荒れ野に響け長崎の鐘
 

   安らかに眠って下さい,過ちは二度と繰り返しませんから


     Yes, We  can !

    私たちには出来る。
  絶対に出来る。
  必ず出来る


    核廃絶

  私たち人類には 絶対に出来る。

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2009年08月07日

ラウムのカーナビ トラブルの巻

 私のラウムに付いているカーナビは富士通テンの製品だ、つまりエクリプスなのだがトヨタ純正なのでどのメーカー製でも純正ナビという。
 
 これは値段も高いが、実に使いやすくて性能も良いし盛りだくさんの機能を誇っているこれらは以前、紹介したとおりだ。

 それが最近、実に賢いことをやらかしてくれた。
 私は年に3-4回も静岡県富士宮市と云うところに出かけるのだが、途中休憩するサービスエリヤはだいたいいつも、刈谷、浜名湖、それに富士川と言ったところだ。
 知らない道ではないが、出かける前に目的地を設定しておくと、到着予想時刻を表示してくれるので非常に便利だし、降りるICが近づいたら案内してくれる。でもまさかSAまではセットしない。
 ところがこれが最近、浜名湖SAの2キロ手前に近づくと案内してくれるようになった。

 こいつはかしこいやっちゃ!。
 と、でも考えてみれば刈谷や富士川にも停まるのだから、これは何かの偶然か良い方のトラブルだろう、と複雑な思いをしていた。

 ところが本当のトラブルが発生したのだ。
 フリーズ、というとパソコンの、それもWindows98の専売特許だと思っていたら、XPでもVistaでも、おっとWindows7に至ってもフリーズはあるのだ。
 パソコンは困ったら再起動、これが鉄則だ。

 だがカーナビゲーションがフリーズすると、それが高速道路だったりすると、ちょっと気軽に再起動というわけにはいかない。


Cimg2222

今回フリーズしたのはこの辺り

 

 

 

 

 

 



 しようがないのでそのまま走っていたら、3-40分たって勝手に回復する。
 もちろん次のPAで停まって一度エンジンを止めれば再起動だが、結構めんどくさい。

 私などいつもカーナビに甘やかされて運転しているので、東海環状路を初めて通った時など、フリーズして少しく心細い思いをしたものだ。

 そこでこれはデーラーに報告してクレーム扱いで修理してもらわなければと思って、だが私としては症状が街中では再現できないので遠慮がちに電話をしたところ、二つ返事で交換してくれることになった。

 さすがにネッツトヨタ京都!とさっそく交換してもらったのだが、これまためんどくさいことがあることに気づいた。
 音楽の録音(CDからのリッピング)だ。

 既にCD、50数枚分、1000曲近く内蔵HDDに収録済みだ。
 パソコンのHDDと違ってカーナビのHDDは振動を考慮してあるので遅い、歌謡曲1曲1分以上、ちょっと長い曲なら3-4分もかかってしまう。
 これを復元する為、ただいま奮闘中だ。

 地図の更新もしなければならない。
 前に紹介したとおり3府県ずつ更新するのだが、最初はこの更新に4時間もかかってしまうし、その後もさして時間短縮は出来ない、少なくとも京都を中心として12府県くらいやらなければならないと思うと気が重くなる。

 でも、もしも現物修理で2-3週間もオーディオやナビゲーションが無くなれば…、
 それは、我慢できないかもしれない。

posted by 健太朗 at 14:42| Comment(4) | TrackBack(0) | カーナビの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

カタログコレクションから ・ プリンス 世界をゆく

カタログコレクションといってもたいしたことはない、なにしろ引っ越しのたびに犠牲になるのが趣味の雑誌やカタログなどで、実家では6畳間いっぱいにはびこっていた私の「分身」は今や小さなクローゼットのほんの片隅で、小さくなっている。そんなわずかなものの中にも珍しいものもあるもので、ここに紹介するのは昭和38年のプリンスのチラシである。

1963_2

昭和38年、1963年のプリンスはグロリヤスーパー6を発表した年、スカイラインもマイナーチェンジしている。

そして名神高速道路が開通した年でもある。

この頃の日本の自動車はまだまだ世界で通用するものではなく、乗用車輸出が順調に伸びてきたとはいえ、やっと4~50万台のほとんどは東南アジアに向けたものだった。

この年からほんの数年前、アメリカに初めて輸出したある乗用車がハイウェイを走行したところ、振動でフロント・ガラスがはずれてあわや吹き飛ぶという惨事になりかけたという話もあるくらいだったのだから、日本の自動車技術が急激に良くなる途上だったのだろう。

その中でもプリンスは、ドデオンアクスルや6気筒OHVエンジンなど、確かな技術力を誇っていたメーカーであった。

このチラシの右下には国産車で初めてアメリカのパワーロック社のノンスリップデフが使われたことをうたっているが、これはクリッパーやマイラーといったトラックに採用されたもので、4WDが始めは悪路用だったようにノンスリップデフもまた悪路用だったのだ。

左上には「プリンス 世界をゆく」と題して、赤道直下や砂漠地帯、そして悪路や寒冷地にも強いと書いてある。

しかしこの頃私たちのぼろ乗用車は、夏はサーモスタットを外してオーバーヒートを防ぎ、冬はラジエターにカバーをしてオーバークールを防いでいたのだからあまり説得力のない文章に感じる。

196302_3

裏面にはいろいろな国の写真にエピソードが添えてある、クリックで少し大きくなるようにしてあるのでぜひ読んでみていただきたい。ちなみに乗用車は初代スカイライン、トラックはマイラーだ。

こんなことを書いて良いのかどうか、私はどうもこのマイラーを見ると屎尿収拾のタンク車を思い出す、荷台に木製のタンクが載っていて、天秤棒に樽を担ったおじさんがタンクの後にくっ付けた坂を登っていく、そんな姿が思い出されてならない。

しかしこれものちにバキュームタンクに積み替えられてずいぶんきれいになった記憶がある、そのクルマがタイではバスとして使われているというのは少し違和感を覚える。

ちなみにマラヤ連邦は現在のマレーシアだ。

ちょうどこの年、イギリス自治領のシンガポールと、イギリス保護領のサバ、サラワクを統合して、マレーシア連邦となった、のちにシンガポールは独立している。

また、オーストラリヤ領ニューギニアは現在パプアニューギニアという。

そして中国語では自動車のことを汽車というそうだ。

クリッパーは当時1トンから2トン車であったがいすずエルフやトヨエースよりおしゃれだった。現在は日産の軽トラックにその名が復活しているが、それ自体は三菱製である。

posted by 健太朗 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | プリンスの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする