2008年07月27日

ベンツの配線

 古くからのお客様からエンジンの調子が悪いとの連絡で引き取ってきたベンツ、平成6年式のE320、走行距離は5万キロあまりのどこから見てもきれいなクルマだ。

 

 どうも6気筒の内いくつかが爆発してないようだ。早速トラブルシューティングを始めるのだが、ここではそのプロセスは省略する。

 

 エンジンルーム内の配線の内、特にエンジン上部を這っている、イグニッションとセンサーの系統がぼろぼろになっている。
 といっても想像も付かないだろうが、電気の線というのは何本かの細い銅線を束ねてビニールでコーティングしているものだ、そのビニールの部分がちょっと触ると粉になってぼろぼろと朽ちてゆくのだ。絶縁のためのビニールがなくなった配線は裸になってショートする。そのためにイグニッションコイルに正しく配電されなくなって6気筒のうち1番と6番が死んでしまっていたのだ。

 

 私は経験豊富などとは言わないが、40年あまり自動車屋をやっていて初めて経験することだ。まず国産車ではあり得ない。

 もしもこのショートした部分から発火していたら今頃は・・・・。

 想像するだに恐ろしい。

 

 ベンツのディーラーに問い合わせてみると、あっけらかんとした返事だ。
「この型は古くなるとエンジンルームの配線をすべて取り替えなあきません、部品の値段は11万、工賃はこれこれです」

 

 あきれて口がふさがらないままお客様にはこの通り伝えた。

 お客様は即、国産車に乗り換えを決定、しかし次のクルマが納車されるまで応急処置は出来ないかとのこと、なんとかしましょう、と言ってしまって大いに後悔することとなった。

 

 まずイグニッションコイルの配線をすべて裸にしてそのほかの配線はそぉっと元通りビニールテープで束ねる、なにしろもう代替えの決まっているクルマ、原価のかかる材料は使えない、だから配線を交換する代わりに一本一本ビニールテープで絶縁してゆくのだ、ほとんど一日かかってしまった。


 しかし結果はNG。


 既にECU(コンピュータ)内部に何らかの支障があるようだ。

 ちょっと焼けこげたくらいなら基盤のハンダを触ることで復活するかもしれないとECUを外してみるが、これを分解するための道具がない。

 

 ここが弱小自動車屋のつらいところ、外国車も時々触ることがあるのでいくらかの外国車用工具もそろえてはいるが、まずまず必要に応じて一つずつ増えるもの、ここで特殊工具一本でも原価はかけられない。

 ここであきらめると言うことはこの古くて美しいベンツはこのままスクラップになるということだ。


 これはドラマでも小説でもない、現実はお客様と相談の結果、そうなった。

 

 何年か前に国産の軽自動車のフラッシャスイッチの周りにほこりがたまって発火するおそれがあるからと大規模なリコール騒ぎがあった。

 今回の配線も国産車ならとっくにリコールになっていたことだろう。

 私はこのblogに悪口を書くつもりはない。
 しかしこのベンツの配線は粗悪品というほかない。


 14年前、7百数10万で売った車の最後の姿だった。
 消費者はかしこい商品選びをしなければならないと思った次第だ。  

posted by 健太朗 at 19:40| Comment(5) | TrackBack(0) | 外車の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月22日

Kal-el4世・バックアップソフト

 完成したKal-el4世にはとりあえずWindows XPをインストールした、ちょっと試してみたいことがあったからだ。

 

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(マザーボード以外は使い回しで完成)

 

 

 

 インストール直後の起動時間は35秒、これは優秀だ。

 しかしこの数字はどんどん伸びて、もしもメインで使ったら1分以上になるだろう。

 

 試してみたかったのはバックアップソフトだ。Acronis Trur image というソフトでKal-el2世の頃からバックアップしているがまだリカバリをしたことがない。

 そこでこの仮にインストールしたWindows XPをわざと壊してリカバリしてみようというわけだ。


 CDから修復インストールをして途中でキャンセルする、これでWindows XPはいたるところに不具合が出る、そこでリカバリを当てる。

 

 結果はNG。

 

 AcronisはHDDを探すことは出来ませんでした、とのエラーメッセージだ。これはソフトがHDDを認識していないと云うこと。
 Acronisのマニュアルをダウンロードして隅からすみまで読んでみると、あった。小さな文字で隅っこに、シリアルATAには非対応です。     ちゃんちゃん

 

 今まで一生懸命バックアップしたのは何だったの、いくつもあるバックアップファイルはすべてゴミ箱行きだ。
 急いで手動でバックアップしたのは言うまでもない。

 

 ところが、このGA-G33M-DS2Rというマザーボードにはほとんど自動でシステムをバックアップしてくれるソフトが付属している、Xpress Recovery2、がそれだ。
 HDDをフォーマットした際に一つ別のパーティションを作って圧縮したシステムバックアップファイルを残しておいてくれるのだ。

 なんとこれが、マザーボード付属のCDを立ち上げたらワンクリックでリカバリしてくたのだからびっくりした。

 

 しかしこれも、RAID/AHCIモードのハードドライブはサポートされません、とのこと。

 

 これ以外にシステムをバックアップできるソフトは持ってないので、これからはせっせと手動バックアップに精を出すしかなさそうだ。

posted by 健太朗 at 22:56| Comment(2) | TrackBack(0) | パソコンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月21日

SIPAとKanjiとチンクェチェント

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(ヌォーバ・チンクエチェント)

 

 

 

                                                                                                                                                                                                                         

 

 

SIPA BALED CLONE (シパ ・バルド・クローン)は個性的なロックバンドである。


 その哲学的な詩は、私のような凡夫には正直判らないところもあるが、だからこそといえるようなサウンドは魅力的である。

 

 リバプールサウンドや、ちょっと前のヨーロッパのロックの香りを漂わせながら、Msnipulatorというパートの島鉄也が演るデジタル音が摩訶不思議でなんだか新鮮な音だ。

 先日、RAGというライブハウスで彼らの演奏を聴いたが、その激しくて強烈なサウンドは、ますますパワーアップしている。
 今はまだ大ブレークとはいかないが、SIPAは、けっこう人気のあるグループで、あるサイトでは「日本人としては類を見ない独自の音楽性で、若くしてカリスマ的人気を誇る新星である」としている。
 SIPAのサイトで視聴していただくとわかるが、団塊の世代が聴いてもすんなり入ってくるサウンドだ。
 http://www.sipa.jp/#

 

 ただし演歌艶歌宴歌にどっぷり浸かった世代にはライブでは歌詞が聴き取りにくい。まぁロックンロールのライブとは昔からそう言うものなのだ。
 私は「Innocence」や「Went to Heaven」などが気に入っている。

 

 SIPAのリードヴォーカルである岩渓寛司は親しい友人の息子で、彼の幼少期、近所に暮らしていたこともあって、私にとってちょうど甥っ子のようにかわいい存在だ。

 そして島鉄也も大塚貴博もまた同じである。

 

 そのSIPAがまだ京都のインディーズ時代、寛司が乗っていたのが、青いFIAT500だった。
 20世紀の終わり頃、和歌山辺りの外車ディーラーで見つけて、衝動買いをしたという。

 若いのに豪快なことをするヤツだ。


 車検証には、「昭和44年式とする」、と書かれてあった。おそらく中古車で輸入されたものであろう、もちろんレストア済みのなかなかきれいなクルマだったが、それでもいろいろ手を入れる必要があった。

 

 このFIAT500というクルマは、600(セイチェント)の縮小版で、ヌォーボ・チンクエチェント(ニュー500)とよばれ、1957年ダンテ・ジアコーザを主任技術者として開発された、そして20年間生産が続けられ、実に400万台をセールスした。
 初代は「ローマの休日」に登場したトポリーノである。

 

 同じ頃ブリティッシュモーターから出たオースチンセブン(後のMINI)でアレック・イシゴニスはエンジンとミッションを二階建ての一体としたが、ダンテ・ジアコーザはエンジン・ミッションを直列につないだ。これは整備性がよく、また生産性にも有利であり、後に前輪駆動になっても貫かれ(ただし横置き)、世界のFFの基礎となった。

 

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(エンジンマウントはたった一つだけ)

 

 

 

 

 

 そのおかげで、チンクの整備性は非常に良く、軽い空冷2気筒と相まって、例えば私がやってもエンジン脱着は30分で出来たほどだ。

 

 彼のチンクもガスケット交換やクラッチOH等いろいろな作業をさせてもらったが、驚くことにこの古いクルマのパーツがインターネットを介してほとんどのものが揃ってしまうという。

 

 そんな条件もあって私はその数年間、楽しい思いをさせてもらった、それはこのクルマがあの1960年代のメカニズムを持ったクルマだからだ。
 燃料噴射ではなくキャブレターで、トランジスタ点火ではなくポイントとディストリビュータで、コンピュータもなくディスクブレーキもなくパワーウィンドーもパワーステアリングもない、もちろんクーラーもなければヒーターだってエンジンの熱をダクトで室内に引き込むだけ、エンジン始動すらレバー式だ。


 どういう事かというと、これは勘と経験、つまりマニュアル通りでなく職人の「うで」を発揮できる、ということ、古くなったメカニックにはちょうど良いと言うこと、自動車が一番楽しく夢があった時代の身体的感覚をよみがえらせることが出来るのだ。


 単なる懐古趣味だといわれるかもしれないが、この身体的感覚はあの時代にメカニックとしての経験をしたものでないとわからないのだろうと思う。このくたびれた自動車屋を楽しませてくれた岩谷寛司とチンクに感謝、である。

 

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(あたらしい500はFFだ)

 

 

 

 

 

 最近発売になったあたらしい500も非常に魅力的で、私自身乗ってみたいクルマの一つであるが、ミニやビートルと同じネオクラシックのジャンルに入るクルマでヌォーボ・チンクとは全く違うクルマだ。

 

 

 庶民が自動車という機械を楽しむなら、あのクラシック・チンクはベストな一台だと思う。 

posted by 健太朗 at 22:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 外車の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする