2008年02月26日

ヨットみたいなフェアレディ

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 19歳の夏も終わりの頃、快晴の日曜日、私は彼女を誘って借りもののフェアレディでドライブに出かけた。

 琵琶湖岸をさわやかな風に髪をなでられながら奥琵琶湖へ、湖岸のレストランで食事をし、帰路、坂本のビワコロッジに立ち寄った。ここではY15というディンギー級の木製ヨットを時間貸しでレンタルできた。

 このとき彼女の言った言葉が、「このクルマ、ヨットみたい」だった。

 確かに3人乗りの後席は横向きに座るのだ、ここに座るとボンネットからトランクフードにかけて真っ平らに見えるので、ちょうどヨットのデッキに腰掛けるのと同じような感じがする。

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 この1962年型5年落ち、スカイブルーのダットサン・フェアレディは自動車屋の同僚が友達の友達のそのまた友達あたりから仕入れてきたクルマで、中古車としては極上のきれいなクルマだったがちょっとした傷を治すために塗装をはがすとスカイブルーの下に赤、黒、そしてシルバーの塗装が出てきた。どうやらオーナーが変わるたびに全塗装をしたようだ。

 それにどうもキャブレターの調子が良くなかった。

 当時の私はツインキャブの調整を少しばかり得意としていたので、よくお手伝いをしたものだったが、今でも解せないのはこのSUツインキャブの調整がうまくないとエンジンがオーバーヒートしてしまうと言う怪現象があった。
 この頃のSUキャブはスロー回路というものがなかった、つまりメインジェットだけでアイドリングから全負荷までカバーしていたわけで、だからアイドリング調整が非常に難しく、まして二つのキャブをバランスよく調整してやるのは至難の業なのだ。しかしそれは当時の工業製品の精度や耐久性がまだまだよくなかった、と言うことなのだろうと今では思っている。

 昭和40年代中頃になるとベアリングやジョイントなどの耐久性が急に良くなったと感じる時期があって、SUキャブもちょうどその頃から強くなったりスロー回路が出来たりでずいぶん調整しやすくなった。
 だが48年の石油ショックの頃までにツインキャブは消えてゆく運命にあったのだ。

 SP310型フェアレディは、ダットサンスポーツとも呼ばれた輸出専用だった初代S211から'62年10月にモデルチェンジした、310型二代目ブルーバードのシャシとセドリックの1500ccエンジンを使ったロードスターだ。

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(これがダットサンスポーツS211、4人乗りだ。)

 このブルーバードの車台は整備性があまりよろしくなく、特にタイロッドがフレームの中を通っている、オースチンの流れでインチネジとミリネジが混在している、バッテリーがプラスアースであるなど当時の新米メカニックを泣かせてくれたものだった。

 しかし走ってみるとこれは凄いと思わせるほど軽快で鋭い加速感があって、セドリックやブルーバードの鈍重なイメージとはちょっと違うものだった。
 まぁ当時の1500CCのエンジンと言えばせいぜい60数馬力、それで1トン以上のボディを運ぶのだからおっとりした時代だったのだ。

 フェアレディが1961年の東京モーターショウに初めて出品されたときの雑誌の記事を少し引用する。

 「エンジンは従来のブルーバード1200のものに変わって、セドリックの1,488cc、71HPが載っておりギヤボックスも4速のフロアシフトである。車重は870Kgだから馬力荷重は12.25Kg/HPに過ぎず、相当に軽快な加速が期待できる。低いボンネットラインを得るために、セドリックのダウンドラフトキャブレターに変わって、ショーモデルでは日立製のSU型サイドドラフトキャブレターが1個使われている。」

 もちろん市販車ではツインキャブの80馬力なのだが次のようにも書かれている。

 「セドリックのエンジンはまだまだチューニングの余地が大いに残されているから、将来、ツインキャブを付け、圧縮比を上げカムプロフィルを変えるなどすれば、フィアット1500程度の性能には比較的容易に達するのではあるまいか。」

 まだまだ「上等舶来」の時代だ。


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(輸出用のカタログから)

 「このクルマは本来は輸出向きであるが、国内用にも注文に応じて作ると云われる。」

 スポーツカーが日本に定着するのはもっと後の時代だったのだ。

 ちなみに彼女とのヨットハーバーの恋は「ひと夏の思い出」となったことは言うまでもない。


posted by 健太朗 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ニッサンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月24日

私のパソコン その5

 静音化に成功したKal-El君。
 その後もいろいろと改良していった。
 メモリーを追加して512MBにしたり、ビデオボードを追加したり、サウンドはカードではなくオンキヨーのユニットにした、そして次にCPUをペンティアム4に代えようと思った頃にはもうソケット478のペン4は時代遅れになっていた、もうお店にはなかったのだ。

 世間の早い変化になかなかついて行けない、あこがれのペンティアム4はこの次にして再びセレロン2.6を選択する。


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 Ceieron2.6とソケット478          このクーラーは未使用だ。

 

 これでもずいぶん早くなった、Windowsの起動も早くなったし便利になった、写真の処理も少し楽になって、モニターの色とプリントした写真の色が近づいた。

 サウンドユニットをつないだおかげで、古いレコードやカセットテープをデジタル化してPCやCDで聞けるようになった。

 まずまずこれでしばらく満足して使っていたら、2005年夏、パソコン雑誌の読者プレゼントに当選してOwltech のOWL-PCR7II(SW)というATAケースが送られてきた。

 これはもう最新のペンティアム4でもう一台組み立てるしかない。

 いろいろ思案したあげく、マザーボードにDDR とDDR2のメモリーが使えることでアスーステックの P5GDC-V/Deluxeを選んだ、DDR2はまだ値段が高かったので安くなったら換えるつもりでこうしたのだが結局換えることはなかった。
そしてCPUはついにあこがれの intel Pntium4 530J(3.0GHz)を乗せた。

 Kal-El 2世の誕生である。

posted by 健太朗 at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | パソコンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

エレガントなラウム

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 今私が自家用車に使っているのはトヨタのラウム、エレガントエディションというグレード、どこがエレガントなのか解らないがホワイトパールマイカ、と言う色で値段も少しお高いクルマだ。
ちょうど10年になるので乗り換えることにした。

 このクルマの一番気に入っているところはスライドドアと後部座席の広いところだ、狭い駐車場に入っても隣に気兼ねなくドアを開けられるし手荷物も積み降ろししやすい。
 長距離ドライブのときにちょっと一服するのも後ろに座るとプライバシーガラスのおかげもあってほっとする空間だ。

 もちろん仕事中に隠れて休憩するにもなかなかいい。

 気に入らないところは、タイヤの音がとにかくやかましいこと、特に高速道路の荒れた路面では音楽を聴く気にもならない、同じプラットフォームのスターレットはそうでもないようだからちょっとした防音材が違っているのかもしれない。
 まだ新車付けのタイヤが減らないうちに、静かだと言われるブリヂストンのレグノに換えてみたら少しは静かになったが、少し摩耗すると元の木阿弥だった。

 しかし去年プレイズというタイヤに換えたらレグノより良いようだ。

 それ以外はどこをとっても可もなく不可もなく、トヨタの定石通り80点だ。

 まずまず10年飽きずに乗ってこられたの80点主義のおかげだろう。以前乗ったカローラ(AE91)より相互得点でラウムの方が少しだけ勝っているように思う。

 これにはちょっとした屁理屈がある。
 家財道具としてのファミリーカーは、4人の大人が窮屈な思いをせずに一泊か二泊の旅行に出かけられ、必要な荷物を積めること。
 家庭で必要な買い物をするとき、少しくらい大きなものを買っても配達料の出費をしなくてすむこと。
 そして何より経済的な小型車。
 こんな屁理屈を言うとちょうどラウムが手頃なのだ。

 自動車大好き少年が中年(もう老年かな)になってカローラやラウムのような退屈な実用車に乗っているのは、こういうことなのだ。思想信条と言うほどのことはないただの屁理屈だ。

 最近の国産車はほんとに故障が少なくなった、若い頃、整備性の悪いクルマに手をやいて、もっと故障が少なくなればよいと思っていたが、こうなると自動車屋の仕事が無くなっしまうから良いのやら悪いのやら。
 とは言え、全く故障がないわけでもなく、ちょうど10年前後、または10万キロくらいになると不思議に小さな故障が続くことがある。
 私のラウムはちょうどそんな時期に来ていて、いくつかの不具合が重なってしまった。

 ヒーター、カーナビ、ドライブシャフト、それにアイドリング制御などに小さな不具合があって、ひとつ取ってみると大したことはないが、重なると結構面倒になる。

 2代目ラウムも後期型になっておそらく来年辺りモデルチェンジの噂も聞こえてくる頃だが、このクルマの場合コンセプトがはっきりしていて、旧型の欠点を少しずつ改良して性格の変わらない新型になっていると思う。しかし3代目になるとコンセプトそのものを見直す時期になるのではないかと予想して、現行型に乗ることにした。

 ともあれ故障が少なく安心して乗れるクルマというのは真の実用車といえるわけで、飛び抜けた性能よりも便利な方が道具としてはよいと考える。

 だがもう少し年をとったら最後に、思いっきり楽しいクルマに乗ってみたいとも思う。 

posted by 健太朗 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ラウムの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする