コンコルソデレガンツァ京都2018 その七

   とあるサイトで、ボルボ販売店サービススタッフの技能コンテストを取材した記事を見かけました、記事によると、「トラブル対応はパソコンとのにらめっこが続いていて、今どきの車両トラブル対応のやり方はコンピューターを使った診断で原因を探っていくことを改めて実感した。」とのことでした、さもありなんと思います。

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 私も自動車屋を引退してから10年近くなりますが初期の診断用コンピュータと格闘したことを思い出します。


 さて今回も二条城の二の丸御殿中庭に展示され、コンコルソデレガンツァの受賞車からTouring Foreign(イタリア以外のメーカーでトゥーリングのボディを纏った最も優れているクルマ)を受賞した1959年アストンマーティンDB4 3.7の話をしましょう、コンピュータもパソコンもない時代のクルマです。

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 アストンマーティンはイギリスのクルマですが、一時はフォードの傘下でしたが、現在ではイタリアの大株主、ドイツのダイムラーや、今では中国資本のジャガーなどとも提携、そしてCEOのアンディパーマー氏は元日産自動車副社長とグローバルですが、やはり数少ない英国民族の自動車会社であることに間違いないようです。

 また、過去に製造出荷された自社の車両をレストアするということも行っており、アストンマーティンの歴代全出荷台数の9割が実働車として現存しているとされています。

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 1913年、ロバートバムフォードとライオネルマーティンが設立、シンガーを改造した一号車がアストンクリントン村のレースで優勝したところからアストンマーティンのブランドが出来ました、そして1920年アストンマーティンスポーツが市販されました。

 その後何度も倒産の憂き目に遭いながら、第2次大戦後トラクターなどの製造会社デイヴィットブラウンリミテッドの傘下に入り、同時期に倒産した高級車ブランドのラゴンダを吸収合併して、アストンマーティンラゴンダの社名になります。

 ちなみに、DB4の隣にはラゴンダラピードセダンが展示されていました。

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 そしてデイヴィットブラウンの頭文字をとったDB1、DB2を発表してアストンマーティンは軌道に乗ります。

 エンジンはベントレーの創設者でもある技術者W・Oベントレーが参加、ボディワークはティックフォードを買収、イタリアのトゥーリングやザガートと提携してDB2の改良型などを発表します。

 受賞したDB4は1958年から63年まで製造された、トゥーリングのボディにベントレーのタデックマレックが新開発した3.7リッター直列6気筒DOHC SUツインキャブレター240馬力エンジンを搭載、トランスミッションはデイヴィットブラウン製の4速マニュアル、またブレーキはロッキード製倍力装置付き4輪ディスク、というスーパースポーツカーです。

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 このコンコルソデレガンツァ京都 2018ではトゥーリングのデザインが賞の対象となっていますが、アルファロメオ、マセラティと共にアストンマーティンもよく見ると、どこか似た手法の美しさが見えてくるような気がしました。

そしてパソコンもコンピュータもなく人の手と感性で製作された美しいクルマに、また改めて大きな魅力を感じることが出来ました。

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posted by 健太朗 at 21:17京都 ☁Comment(0)外車の話